人身取引に関する国連専門家、訪日調査を終了
プレスリリース 09-034-J 2009年07月23日
人身取引(特に女性と子ども)に関する国連の特別報告者ジョイ・ヌゴジ・エゼイロ氏は、2009年7月12日から17日にかけての訪日調査を終えるにあたり、下記の暫定的調査結果と予備的勧告を発表しました。
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特別報告者は、今回の訪日調査を招請し、調査中も協力いただいた日本政府に対し、謝意を表明したい。また、政府担当者のほか、国際移住機関(IOM)を含む国連機関およびNGOその他の利害関係者と会談、交流の機会を与えていただいたことにも感謝したい。
2009年3月の人権理事会に対する年次報告でも触れたとおり、人身取引は世界のあらゆる国々を巻き込んでいる。この意味で、日本が多くの人身取引犠牲者の目的地国となっていることは明らかである。日本で判明している事件の大多数は、売春その他の性的搾取を目的とする人身取引であるが、労働搾取を目的とした人身取引も大きな懸念材料といえる。この現象に対処するためには、包括的で総合的なアプローチが欠かせないため、特別報告者は、人身取引に対処するための戦略の基盤を「5つのP」と「3つのR」、すなわち、保護(Protection)、訴追(Prosecution)、処罰(Punishment)、予防(Prevention)、(国際協力の)促進(Promotion)、救済(Redress)、復帰(Rehabilitation)、および、社会で建設的な役割を担えるようにするための被害者の再統合(Reintegration)に置くべきだと考えている。
日本政府は、この問題の深刻さを認識し、特に2004年以降、人身取引対策行動計画の採択、2005年の刑法改正による人身売買罪の創設、および、被害者の逮捕や訴追からの保護と避難所へのアクセスをはじめとする規定を設けるその他法改正の採択などの措置を講じてきた。さらに最近では、被害者が日本在留を望む場合、特別在住許可を受けられる権利も認めた。特別報告者はまた、政府が送出し国との協力により、被害者の母国での社会復帰を支援する取り組みを進めていることも認識している。加えて、国際協力という点についても、政府は人身取引対策に関する日タイ共同タスクフォースを設置したほか、同国との二国間協定締結に向けた取り組みも行っている。さらに、「人の密輸・人身取引および関連する国境を越える犯罪に関するバリ・プロセス」にも積極的に参加した。
政府は人身取引問題への取り組みを大幅に進めてはいるものの、国内で発生し、かつ、国民と外国人の双方が関与する人身取引に実効的な対処を行うために、政府が取り組まねばならない課題も残されている。
特別報告者のマンデート(職務権限)に関わる緊急性の高い懸案としては、下記のような課題があげられる。
1.「人(特に女性と子ども)の取引を防止し、抑止しおよび処罰するための議定書」、「国際組織犯罪防止条約」および「すべての移住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約」を批准していないこと。
2.国内法に人身取引の包括的な定義がないこと。
3.本人確認手続きが不明確なため、人身取引被害者の誤認が生じかねないこと。
4.本人誤認、秘密裏に利用できるサービス(精神・社会的支援)の不足、言語障壁、救済制度の不備など多様な要因により、人身取引が水面下で潜行していること。
5.人身取引被害者向けの適切な避難所のほか、言語能力など、被害者に十分な援助を提供し、後に再び人身取引の犠牲にならないようにするための資源や専門的ノウハウが不足していること。
6.研修生や技能実習生制度内での虐待があること。これらは本来、一部アジア諸国への技能や技術の移転という善意の目的を備えた奨励すべき制度であるにもかかわらず、人身取引に相当するような条件での搾取的な低賃金労働に対する需要を刺激しているケースも多く見られる。
7.法律上は可能であるものの、被害者が事実上、司法制度を通じて救済や補償を得られていないこと。
8.関係当局(警察、入国管理局、検察庁)間で実効的な対策を調整する上で問題があること、および、判事を含め、これら法執行当局者が人身取引に関する適切な研修を受けていないこと。特に、被害者の本人確認と保護、および、補償を含む実効的な司法上の救済を受ける権利の行使に焦点を絞った研修が行われていないこと。
9.国による人身売買対策と被害者支援の性差が著しく、女性と性的搾取のみに焦点が当てられていること。この問題は重要であるものの、子どもを含めて男女双方が犠牲となる他形態の人身売買も見逃してはならない。
10.予防の分野での取り組みが不十分であること。最新の情報通信技術など、特に若者に人気のあるコミュニケーション経路を活用し、これを強化する必要がある。
11.子どもを使ったポルノや売春、さらには「援助交際」(金銭を介したデート)への取り組みが不十分であること。
12.女性や女児に対する家庭内暴力が多発していること。
日本政府に対する主な予備的勧告
l「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約」と「人(特に女性および児童)の取引を防止し、抑止しおよび処罰するための議定書」(2000年)、「すべての移住労働者とその家族の権利の保護に関する国際条約」および1980年の「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」の各国際条約を批准すること。
これに加えて、研修生制度における外国労働者の搾取を防ぎ、男性と男児を含む人身取引被害者に支援と全面的救済を提供するための具体的な法律の制定も検討すべきである。
l国内報告者事務所、または、人身取引関連の政策や措置の促進、調整および監視を一元的に担当する調整機関を設けること。
l特に研修生・実習生制度との関連で、深刻化する労働搾取目的の人身取引問題に十分に対処する一方で、移住労働者の権利を保護し、犯罪者を訴追、処罰するための法律と労働調査を強化すること。
l人身取引被害者を対象に、多言語で年中無休のホットラインと支援を提供できるような地域専門サービスを設置すること。
l人身取引被害者は政府から支援を受けているものの、必要とされるサービスと現状で提供されているサービスとの間には、依然として大きなギャップがある。被害者が社会で建設的な役割を担えるようにするための無料法律扶助や求償権を含め、人身取引対策のための斬新な総合的戦略を採用すべきである。
l警察、入国管理局、裁判官、労働基準監督官をはじめとする法執行当局者に対し、人身取引被害者への対応に必要な技能を提供するため、専門的な研修を確立すること。このような訓練には、被害者の本人確認と保護、および、被害者が実効的な法的救済を受ける権利の行使に関する能力の取得を含めるべきである。医療従事者などのサービス提供者も、人身取引に関する専門的な研修を受けるべきである。
l本人確認手続きを明確に定め、あらゆるアクターと共有すべきである。
l被害者に対する賠償を法律で規定するとともに、この目的で特別基金を設置すべきである。
l18歳未満の子どもを売春、ポルノその他の性的搾取から守ること。「援助交際」(金銭を介したデート)を含め、子どもを使ったポルノや売春は絶対に許さないというゼロ・トレランス政策を導入すべきである。
l女性と女児に対するあらゆる形態の暴力を廃絶し、犯人の責任を追及するための取り組みをさらに強化すべきである。
l被害者に日本への一時的在住権を認めたことは、きわめて前向きな措置といえる。しかし、被害者が精神的な回復を遂げ、社会に統合されたと感じられるようにするとともに、再び人身取引の犠牲となることを防ぐためには、これら被害者が職に就き、人間らしい生活を送れるようにすべきである。
l政府・NGO間のパートナーシップ改善と、人身取引被害者にサービスを提供するNGOの活動支援は、今後も引き続き行うべきである。NGOはまた、人身取引対策行動計画の実施、監視および評価にもかかわるべきである。
特別報告者は、人身売買の根本的な原因に取り組み、被害者の人権を尊重することが、人身売買に対処するうえでもっとも重要であることを改めて強調する。また、この分野における国際協力強化の必要性を確信し、日本に対して、地域レベルで人身取引対策をさらに強め、そのリーダーシップを発揮するとともに、長期的に人身取引問題に取り組むため、送出し国との二国間協定締結を検討するよう促す。
最後に特別報告者は、移住労働者が特に搾取や人身取引の被害を受けやすいこと、および、これが不法移住だけでなく合法的移住にも当てはまり、いずれの場合も搾取や人身取引が潜んでいる恐れがあることを強調したい。よって、移住労働者の保護と、民間企業による移住労働者雇用条件の監視には、特に関心を向けるべきである。
今回の訪日の最終報告書は2010年、国連人権理事会に提出予定である。
特別報告者は改めて、訪日の機会を与えていただいた日本政府に感謝する。