この人に聞く:国際原子力機関(IAEA)天野之弥事務局長
2015年05月01日
2015年5月1日 ― 天野之弥(あまの・ゆきや)氏は日本の外交官としてのキャリアを経て、2009年に国際原子力機関(IAEA)事務局長に就任しました。 本部をウィーンに置く国連傘下のIAEAは、原子力分野での協力を目指す国際機関として1957年に設立されました。IAEAは、IAEA加盟国と世界中の様々な機関と連携して、原子力の安全な平和的利用、の促進、そして核兵器拡散の防止を目指して活動しています。
天野氏は日本のウィーン代表部大使として、核軍縮、核不拡散外交や原子力エネルギー問題に関する多くの経験を数年にわたり重ねた後、IAEA事務局長に就任しました。
現在、核兵器不拡散条約(NPT)2015年再検討会議がニューヨークで開かれていますが、UN News Centreは国連における核の番人であるIAEAのトップを務める天野事務局長から同会議と核不拡散条約の三本柱軍縮、核不拡散、原子力の平和利用―の強化に向けたIAEAの役割についてお話をうかがいました。以下のインタビューは内容をより明確にするために編集を加えたものです。
********************************
「私はIAEA事務局長に就任した際、こう述べました ― 私の祖国はヒロシマとナガサキを経験しています。だから、私は核拡散に関して断固反対の立場を取り続けます」
天野之弥IAEA事務局長へのインタビュー抜粋(Credit: United Nations)
UN News Centre:NPT再検討会議が開催中ですが、会議の場でIAEAとしてどのようなことを伝えるのが大切だと考えますか?
天野事務局長: NPTには三本の柱がありますが、三本すべての分野で進展があることが非常に大切だと思います。
UN News Centre:三本の柱についてもう少し詳しく聞かせてください。
天野事務局長:核軍縮、核不拡散、原子力の平和利用―これがNPTの三本柱です。
UN News Centre:核拡散に関して、現在最も懸念されることは何ですか?
天野事務局長: 核拡散に関してはイランの核問題が大きな懸念の一つです。IAEAはイランで保障措置を実施しており、この保障措置の対象となっている核物質や核施設は、すべて平和利用を目的としています。 しかし、本当にイランにあるすべての核物質と核施設が平和利用を目的としているかは断言できません。
この問題は、2013年秋から大きな進展を遂げているといえます。IAEAとイランは協力して核問題を解決するいわゆる「枠組み合意」を交わしました。主要6カ国(米英独仏中露)とイランは中間目標に向けた合意にも達しており、今、包括的合意に向けて協議をしているところです。IAEAは包括的合意が交わされれば、合意内容の実行に向けてIAEAが重要な役割を果たすことになります。
UN News Centre:今回のNPT再検討会議の成果として何を期待しますか?
天野事務局長:条約国が決めることではありますが、NPTの三本柱を促進するための合意が交わされることを期待しています。
ニュースセンター:各国の開発を目的とする原子力の平和利用において、IAEAが具体的にどのような支援を行っているのか聞かせてください。
天野事務局長:IAEAは原子力の平和利用に向けた技術 ― 原子力技術 ― の移転を積極的に推進しています。原子力技術は健康維持、環境保護、水管理、がんとの闘いなどの意義の普及や、産業や農業の一部の応用分野おいて非常に効果的です。IAEAはミレニアム開発目標(MDGs)の達成に貢献していますし、ポスト2015開発アジェンダが合意された暁には、その達成に向けても貢献し続けます。
UN News Centre:IAEAがポスト2015開発アジェンダにどのように関わっていくのかについて、もう少しお聞かせください。
天野事務局長:いくつか具体的な例を挙げましょう。例えば、農業分野では、アイソトープ技術は水の性質を理解する上で非常に有用です。灌漑では、実はほとんどの水が浪費されています。水の性質を理解することで、水をもっとも必要とする場所に効率的に供給する水利用法を提案できるのです。これを点滴灌漑(ドリップ灌漑)といいます。ケニアではこの点滴灌漑の技術を利用してトマトの生産高を3倍に増やし、それと同時に水使用量を半分に減らすことに成功しました。タンザニアでは点滴灌漑によって茶の収穫量が4倍になりました。
ベトナムでは「Plant Mutation(植物の突然変異誘発)」という技術によって新種の米を作り出しました。この新品種は生産高が増すだけではなく、高塩分濃度土壌への耐性も備えています。高塩分濃度土壌は、気候変動の影響によって各地で起こっている問題です。
UN News Centre:いまお話された事例は、IAEAの原子力技術利用のイメージからはなかなか思いつきにくい原子力技術利用の例ですね。このほか、エボラ出血熱との闘いもあります。IAEAがエボラ出血熱との闘いに、どのように関わってきたかをお聞かせください。
天野事務局長: そうですね。これはあまり知られていないのですが、昨今のエボラ熱流行に際しIAEAはエボラウィルス検出装置を提供する支援を行いました。これを用いると、通常では4日かかっていたエボラ熱感染診断が4時間でできるのです。感染患者の命を救い、感染拡大を防ぐといった観点から、4時間と4日の違いは非常に大きいです。
UN News Centre:ほかに、IAEAが優先課題と位置づけている問題はありますか?
天野事務局長:はい。IAEAは開発途上国において、がんとの闘い、あるいはがん管理に原子力技術を導入することを優先課題の一つと考えています。開発途上国でのがん対策の重要性は日々高まっています。世界のがんによる死亡者数は、結核、HIV、マラリアによる死亡者数を合わせたものより多いのです。また、がんによる死亡の3分の2は開発途上国で起きています。がん診断のための十分な設備が整っていないからです。検診に行った時ににはもう手遅れになっていて、治療ができないのです。IAEAには核医学と放射線治療の専門家がいます。IAEAは世界保健機関(WHO)と連携し、開発途上国のがん管理改善に向けて取り組んでいます。この活動をIAEAは非常に重要なものだと考えていますし、グローバルな保健分野の課題に開発途上国のがんが数え入れられていないことを残念に思います。
UN News Centre:「平和のための原子力(Atoms for Peace)」について聞かせてください。
天野事務局長:「平和のための原子力」は(米国のドワイト・D・)アイゼンハワー大統領が有名な演説の中で使った言葉です。しかし、IAEAが21世紀に入ってから行っている活動を概観すると、それは平和のための原子力だけではなく、開発のための原子力でもあることがわかります。「開発」はとても重要な分野です。IAEAは研究所を備えたユニークな国際機関といえます。IAEAには技術があり、その技術を、技術協力を通して伝えていきます。IAEAは一般の人々の生活向上に貢献することができ、それこそが私にとって魅力と感じる点です。
原子力は生活にどう利用されているか© IAEAvideo
UN News Centre:事務局長ご自身が核科学に興味を持った経緯をお聞かせください。初めて興味を持ったのはいつ頃ですか?
天野事務局長: 若い頃は生物化学に興味があり、研究を行っていました。しかし、生物化学は私には難しすぎると感じ、専門を変えることにしました。法律を勉強して外交官になりました。日本の外交官として務めていましたが、2009年にIAEAの事務局長に就任しました。そして今、私は世界の人々が原子力の技術を利用できるようにする機会を得ています。この機会を、この特権的な立場を利用して、世界の人々の繁栄に貢献したいのです。
UN News Centre: 核の経験を持つ日本で育ったことが、核への興味に影響を及ぼしたと思いますか?
天野事務局長:私はIAEA事務局長に就任した際、「私の祖国はヒロシマとナガサキを経験しています。だから、私は核拡散に関して断固反対の立場を取り続けます」と述べました。IAEAは核兵器拡散防止という確固たる目的を持っています。
しかし、私たちは公平に、そして事実を中心に行動する必要があります。私は各国に対して、IAEAと各国と合意した事柄を完全に実施するよう求めています。いわゆる保障措置協定というものです。
UN News Centre:事務局長に就任されて5年です。今後、安全保障と開発という観点から、IAEAはどのようなことに大きく貢献をしていくと思いますか?
天野事務局長: 原子力技術を用いて私たちができることはたくさんあります。それに加えて、核兵器拡散防止にも積極的に取り組んでいきます。原子力技術の利用に安全の保障は不可欠です。原子力を発電に利用するにしても、がんとの闘いに用いるのであっても、核物質を取り扱う際には安全確保のために細心の注意を払う必要があります。
また、核テロリズムの防止も非常に重要です。核テロリズムは現実的な問題です。IAEAは原子力のセキュリティーに関する取り組みを強化する世界的な協議の場として機能していきます。IAEAは人材育成、設備提供、データベース管理を通して、さまざまな分野での国際貢献に取り組んでいきます。
関連記事を読む:
核兵器不拡散条約(NPT)2015年 再検討会議 (2015年4月27日~5月22日、 ニューヨーク国連本部)
潘事務総長、NPT再検討会議の合意不成立に失望感を表明(5月23日)