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この人に聞く:防災を担当する、ロバート・グラッサー事務総長特別代表

2016年05月09日

持続可能な開発には災害リスク管理が不可欠

2016310報告された災害はほぼ350件、死者2万2,000人以上、被災者9,860万人、経済的損害は665億ドル。国連国際防災戦略事務局(UNISDR)によると、2015年には、全世界の災害でこれだけの大きな被害が生じている。ジュネーブに本部を置く UNISDR を率いるのは、今年初めに就任した経験豊富な開発専門家、ロバート・グラッサー氏だ。

グラッサー氏は新任の国連事務総長特別代表(防災担当)として、昨年、加盟国によって達成された一連の重要な合意の成立を受けた大事な時期に、UNISDR のトップを務めることになった。こうした合意のひとつ、仙台防災枠組(2015-2030年)は、死者や被災者、経済的損失、さらには学校や病院といった重要インフラへの損害をはじめとする災害損失の大幅削減を目指すものだ。

災害リスク削減(DRR)のねらいは、地震や洪水、干ばつ、サイクロンなどの自然ハザードにより生じる被害を、予防に焦点を置きながら削減することにある。グラッサー氏によれば、持続可能な開発のための2030アジェンダと気候変動に関するパリ協定の履行はその基本となる。オーストラリア出身のグラッサー氏は UN News Centre のインタビューに応じ、特に災害の90%が気候に関連していることに鑑み、災害リスク削減と気候変動への適応努力を統合する必要性、災害リスク削減の分野における現状の優先課題、そして現在のポストを引き受けることになった動機について語った。

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災害リスクへの取り組みは、私たちが全世界の社会的弱者の暮らしを変えられる最も具体的な方法

UN News Centre:現在の災害には、主としてどのような傾向が見られますか? すべてが悪い方向に進んでいるのでしょうか、それとも良いニュースがあるのでしょうか?

グラッサー特別代表:良いニュースはいくつかあります。最初の質問は、災害の傾向についてでしたね。昨年をそれ以前の10年と比べた場合、災害による損失の中に、それまでの10年間を下回るものがあったことは確かです。しかし、1年の結果だけを見て傾向を語ることはできません。中長期的な傾向を見なければならないからです。まさに傾向という意味では、全体的に見た場合、気候変動や人口増加の結果として、自然災害の頻度と深刻度は増大し、特に全世界の貧困層や弱者層の生活はさらに悪化すると見られています。

UN News Centre:持続可能な開発目標(SDGs)と気候変動に関するパリ協定の履行という点で、災害リスク削減はどのような役割を担うのでしょうか?

グラッサー特別代表:災害リスク削減は、持続可能な開発目標(SDGs)と、昨年成立したパリ気候変動協定の諸目標をともに達成するための基盤となります。例えば事務総長は、持続可能性が仙台、つまり「仙台防災枠組」から始まると述べています。事務総長にはリスク、特に災害リスクに取り組むことなしに、持続可能な開発を達成することは絶対にできないという認識があるからです。災害リスクは各国に毎年3,000億ドルを超えるコストをもたらしていますが、これは当初の推計にすぎません。実際のコストはこれよりずっと大きいものの、測定はおろか、定量化さえできないコストが多いのです。開発途上国が災害に襲われれば、GDPの20%以上が失われることになりかねません。ですから、持続可能な開発に取り組み、かつ、こうした取り組みを成功させたければ、災害リスクを開発計画の策定に組み入れなければなりません。そして、そのためにはまだ長い道のりが残されています。

気候変動は今後おそらく、最も大きな災害リスクになっていくでしょう。災害リスクの削減に最も有効な策は、温室効果ガスの排出量削減です。温室効果ガス排出量を削減できなければ、異常気象は急増することになるからです。しかも、すでにその兆候は表れています。異常気象は食料危機や干ばつ、飢饉、未曽有の暴風雨や他の異常気象をも引き起こし、これまでは100年に1度だった災害が20年に1度発生するようになります。それだけではありません。異常気象は人々の移動を引き起こし、全世界で紛争を助長する要因にもなります。つまり、気候変動に対処しなければ、その他の災害リスク削減に向けた取り組みはすべて、実現が極めて困難になるのです。

2010年8月、パキスタンのパンジャブ州を襲った豪雨で、大規模な洪水に見舞われたムルタン市付近の様子©UN Photo/Evan Schneider

UN News Centre:国連加盟国は1年ほど前に「仙台防災枠組2015-2030」を採択しました。これまでにどのような進展が見られていますか?

グラッサー特別代表:昨年、合意が成立した「仙台枠組」は「兵庫行動枠組」の後継枠組となるものです。各国は大きな前進を遂げており、このことは最近の災害を見ても明らかです。例えば、数十年前にバングラデシュを襲った暴風雨では、数十万人の死者が出て、壊滅的な被害が生じました。最近も同じような地域で暴風雨被害が生じ、死者が出ています。確かに、死者が出たことは報道されたものの、数万人単位ではなく、数百人単位にとどまっています。本当に大きく取り上げられるべきは、バングラデシュ政府がドナーや国連その他との連携により、早期警報や暴風雨の際の避難所、避難計画策定など、あらゆる要因に取り組んだ結果として、バングラデシュの異常気象に対する脆弱性が低下したという事実でしょう。もちろん、まだ大きな脆弱性が残っていることに変わりはありませんが、この事実は、協調して課題へ取り組むことによって、どのような前進が得られるかを示す好例と言えます。

災害リスク削減は、持続可能な開発目標(SDGs)とパリ気候変動協定の目標をともに達成するための基盤

UN News Centre:特に後発開発途上国で、災害による人命の損失、生活の破壊、避難者の発生を減らすためには、どのような優先課題がありますか?

グラッサー特別代表:災害や災害リスク削減と聞くと、災害直前の警報や、災害対応による人々の救援、災害後の人々の復興が思い浮かぶのではないでしょうか。もちろん、早期警報や避難計画策定、人道支援や災害後の再建について、行うべき重要な取り組みは多く、しかもこれらは極めて優先度の高い課題となっています。しかし、本当の課題は実際のところ、それ以前の段階にあります。それは政府との連携により、災害リスクを経済開発計画の策定に組み入れることです。

なぜなら、国が慎重性を欠き、災害のコストも、気候変動によってリスクがどのように変化しているかも理解せず、しかも投資の際にこれを考慮しなければ、将来的にリスクを誘発する公算が大きくなるからです。例えば、地震多発地帯で建築基準を設けなかったり、洪水帯での居住を認めたりといったことです。政府は事実、中央政府での経済計画策定の一環として幅広い決定を下しているので、そこで災害リスクが考慮されなければ、人道的災害が生じた場合に、対処できなくなってしまいます。災害が生じる前にできることはありますが、世界各国の経済開発に追加的リスクが埋め込まれてしまってからでは、手遅れになりかねません。だからこそ、災害に先手を打つことが課題になるのです。直前と直後の段階の人道的支援という側面から災害を考えるのではなく、中長期的な開発や、私たちが行う選択について考えることが重要です。

2016年1月、エチオピアのオロミア州で、干ばつ被災地の視察に訪れた潘基文(パン・ギムン)事務総長を迎えるズワイドゥグダ郡の女性©UN Photo/Eskinder Debebe

UN News Centre2017年の次回「防災グローバル・プラットフォーム会合」に向けた目標は何ですか?

グラッサー特別代表:「グローバル・プラットフォーム」は、地域プラットフォームと呼ばれる一連の地域別イベントの集大成となるものです。地域プラットフォームでは、各国と市民社会、民間セクターその他のステークホルダーが災害リスク削減の進捗状況を確認し、優良事例と経験を共有し、ギャップを把握するとともに、「仙台枠組」の実施状況をモニタリングする正規のネットワークの一環としての役割も果たすようになってきています。これら地域プラットフォーム会合がすべて結集して開催されるグローバル・プラットフォームでは、こうした活動を統合し、現状をグローバルな視点から確認することになります。私たちがどのように「持続可能な開発目標(SDGs)」に取り組んでいるかを説明するための一要素としてのモニタリング活動に、この情報を役立てることが理想です。これが「グローバル・プラットフォーム」の本質的意義であり、閣僚などを含む全世界の主要なステークホルダーが災害リスクや、災害に関する課題と機会についても話し合うとても重要な会合となります。

気候変動は今後おそらく最大の災害リスクに

 UN News Centre2代目の防災担当事務総長特別代表としての任務を引き受けた動機は何ですか?

グラッサー特別代表:お尋ねいただきありがとうございます。私にとって、災害リスクへの取り組みは、私たちが全世界の社会的弱者の暮らしを大きく変えられる最も具体的な方法です。気候変動や人口増加により、そして各国が投資とその選択においてリスクを考慮していないことにより、こうした人々の脆弱性は全体的に高まっています。私が特に気候変動を深く懸念しているのは、それが災害や、特に全世界の貧しく、社会から取り残された人々の暮らしに極めて大きな影響を与えるからです。私たちが政治レベルで取り上げる問題の多くは抽象的だったり、実践的な問題というよりも国際政治の問題とみなされたりしています。災害リスク削減(DRR)は政治レベルで取り上げられる問題の中でも、とても具体的なものの一つです。ニューオーリンズでハリケーン「カトリーナ」に襲われた人々も、東日本大震災と津波、そして福島原発事故を経験したばかりの日本の人々も、私のように、オーストラリアの首都キャンベラに迫る干ばつと山火事を経験した人々も、東アフリカで10年の間で4度目の深刻な干ばつに見舞われているエチオピアの農民も、多くの人々がこのことを理解しています。災害リスク削減は具体的な課題であると同時に、こうした人々の生活を実際に変えることができる機会でもあるのです。

バングラデシュ政府が設置した災害管理センターで、シラージガンジの洪水被災者と面会する潘基文(パン・ギムン)事務総長(右)と柳淳沢(ユ・スンテク)夫人(2009年11月)©UN Photo/Mark Garten

UN News Centre:これまでのご自分の経験が今回のポストに役立っているとお考えですか。そうだとすれば、どのように役立っていますか?

グラッサー特別代表:大事な仕事なので、そう願っています。私がこれまでに様々な仕事をこなしてきたことは、ひとつの利点ではないかと思います。それにより、他の人よりもいろいろな観点から物事を見ることができるかもしれないからです。ドナー国として、私はオーストラリア政府の援助プログラムに携わったことがあるので、ドナーの視点はよく分かっています。何を始めるにせよ資金が必要なことを考えれば、このことは重要です。また、開発途上国で政府の最高レベルと緊密な協力を行ったこともあります。よって、予算のプロセスや需要の競合、外部からドナーがどう見えるかといった点で、開発途上国の視点も兼ね備えています。人道支援と開発の両方に携わる国際NGO「CARE」で働いていたときには、コミュニティー・レベルの視点から、自分たちの活動が実際、開発途上国の現地の人々にどのような影響を及ぼしているのかを目の当たりにしました。ですから、今回のポストでも、こうした3つの視点から自分たちの活動を検討できることは、私にとってかなり役立っています。また、そのことによって、新しいイニシアティブを考案したり、既存のイニシアティブについて、影響や効果をさらに向上させる形で取り組んだりできるのではないかと思いますし、少なくともそう期待しています。

UN News Centre:任期中にどのような成果を達成したいとお考えですか?

グラッサー特別代表:特に大切なことがいくつかあります。もちろん、「仙台枠組」の実施もそのひとつで、UNISDRは加盟国から、実施状況をモニタリングするプロセスの管理を任されています。そして加盟国は今、私たちが実施進捗状況をモニタリングするための指標に合意しつつありますが、こうした指標によって私たちは、加盟国によるこれら目標の達成を支援する機会を与えられています。よって、私にとっては、UNISDRを通じて各国が行ったコミットメントのモニタリング管理をするだけでなく、各国に支援を提供することも最重要課題のひとつとなっています。実効的な実施を確保するとともに、これをさらに前進させていくのです。

2016年1月、就任宣誓式に臨むロバート・グラッサー防災担当特別代表©UN Photo/Rick Bajornas

第2の優先課題については、事務総長からも私に大きな期待がかかっていることを承知しています。それは、国連システム内部での統合、すなわち、災害リスクを国連のプログラム全体に組み入れるとともに、国連開発計画(UNDP)や国連人道問題調整事務所(OCHA)、世界保健機関(WHO)等で、支援対象となるプログラム全体を通じ、全世界の加盟国での活動にリスクを組み入れようと努めている同僚たちを支援することです。私たちは、災害リスク削減に関する国連行動計画を策定しており、そこには目標達成への道のり、進捗状況のための指標、最低限の要件などが盛り込まれています。国連システム内の同僚との積極的な協働が、この任務を効果的に果たす鍵となることは言うまでもありません。

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2015年の災害の傾向と被害について報告するロバート・グラッサー国連事務総長特別代表(防災担当)。2016年2月、ニューヨークでの記者会見で©UN Photo/Mark Garten