すべてのパレスチナ難民に家庭医を~UNRWA医療サービス再生計画
2012年09月21日
1949年設立された国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)は、中東のパレスチナ難民に保健、教育、社会保障を中心とした人道的支援を行う国連機関です。2年前にUNRWAの保健局長に就任し、約3,000人のスタッフを率いて医療サービス改革を進めているのが、日本人職員の清田明宏(せいた あきひろ)さんです。パレスチナ難民の健康と生活向上を目指して取り組む清田さんからの活動報告をお届けします。
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「2015年までにすべてのパレスチナ難民世帯が家庭医を持つこと」を目標に、UNRWAの医療サービス改革は始まりました。改革はまだ初期の段階で、課題は多いものの、徐々にその成果が出始めています。
中東では現在、約500万人のパレスチナ難民が、ガザ、ヨルダン川西岸、シリア、レバノン、ヨルダンに暮らしています。UNRWAの医療サービスは、この5地域にある138の診療所で一次医療を難民に提供しています。保健関係の職員総数は約3,000人で、そのほとんどが難民です。
UNRWAの保健局長になる以前、私は世界保健機関(WHO)の東地中海地域事務局で結核等の対策に長く従事していました。UNRWA就任時に感じたのは、潜在能力が高く、人柄も素晴らしい職員に恵まれている一方、62年の歴史を持ち、旧態依然とした非効率的なUNRWAのシステムです。「このままではだめだ」というのが、私の率直な第一印象でした。
◆なぜ家庭医なのか?
UNRWAの医療サービスの根本的な問題は何かと考えた時、その解決策として浮かんだのが「家庭医」でした。年齢や性別、病気の種類を問わず、家族全員の健康問題に関して幅広く対応する医師のことで、欧米諸国では幅広く導入されています。
難民の最大の健康問題は糖尿病や高血圧等の慢性・非感染性疾患(NCD)で、実に死亡原因の7割以上を占めます。家族全体を幅広く見る家庭医でなければ、必要な対策や生活習慣の改善は期待できません。家族の結びつきが強い中東では、家族全員で取り組む環境が整っているのです。
同時に、家庭医の導入は、UNRWAのこれまでの古いシステムの改善にもつながると考えました。我々にとって最も大事なのは、難民に直接医療サービスを提供する「場」となる診療所です。診療所が機能すればすべて良し、しなければすべてだめです。家庭医を導入した診療所がきちんと機能することを目標にすれば、システム全体の見直しが進むと考えました。
◆家庭医導入の第一歩
昨年10月に試験的に導入を開始して以来、1年足らずで14もの診療所で家庭医が導入され、世帯ごとの担当医も決まりました。今後も拡大予定です。患者さんの満足度は9割以上と高く、常に同じ医師に診てもらえると評判です。不要な通院が減ったためか、外来患者数が減り、待ち時間も短くなりました。抗生剤等の薬剤使用も効率的になっています。課題は多いですが、ともかく良い第一歩を踏み出したと言えます。
特に、職員のイノベーションとやる気には感動しました。保健所職員の熱意と勢いが難民を巻き込み、つられて難民も参加します。ある診療所では、すべての壁に健康教育の絵が描かれました。別の診療所では、家庭医別に部屋の色を塗り分けました。家庭医の印象を良くし、患者さんに親近感を持ってもらうためです。イノベーションの第一歩には金は要りません。やる気と考える力でしょうか。本当に頭が下がります。
◆できることから着実に
医療サービス改革はまだ始まったばかりです。加えて、UNRWAを取り巻く状況は非常に複雑で、世界経済危機、シリア等に見られる治安の悪化、硬直したパレスチナ和平交渉など、困難は無限です。しかし、困難の数を数えるのではなく、できることを見つけ実行し、結果の数を数えながら今後も進んでいきたいと思っています。
国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA) 公式ウェブサイト
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本記事は、当センター広報誌 Dateline UN Vol.80への寄稿をもとにご紹介しています。