国連アカデミック・インパクト参加大学に聞く 東北大学編③
2013年01月21日
国連アカデミック・インパクト(UNAI)では、大学のトップがその趣旨に賛同して署名するだけでなく、学生にも広く趣旨を理解してもらうことを重視しています。東北大学にあたって、実際に「菜の花プロジェクト」に関わっている2名の学生さんにお話を伺う機会を設けました。
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那須 志織さん 農学研究科植物遺伝育種学 修士2年生
那須さんは、東北大学のジーン・バンクに保管されている菜種の種子から「菜の花プロジェクト」に使える耐塩性の高い種子を選ぶ研究に関わっています。震災当日、那須さんは大学構内で大きな揺れを感じました。農学部には大震災の被害者となり、尊い命を落とした学生が2名います。
学部生時代はイネの研究をしていた那須さんですが、東日本大震災の被害を間近で経験したこともあり、研究対象をより復興に関する菜種(なたね)に変えることを決意します。「もともと腰が重く新しいことに取りかかれない性格なのですが、震災を通じて自分にできることに挑戦しようと思い始めました」
那須さんが研究を行っている仙台市の施設、園芸センターは、震災以前から地元住民の憩いの場です。ジャージを着て収穫や植物の世話をしている彼女に、興味を持って声をかける方も多いそうです。農家の方から「自分たちもそれを栽培しているけど、面白いよ」と言われるととても嬉しい、とはにかみながら語ってくれました。地元コミュニティに何かしら貢献しているという実感が彼女のやりがいになっていることが伝わってきます。
新井 大介さん 農学研究科土壌立地学 修士1年生
神奈川県にある大学を卒業した後、土壌学の専門家が充実している東北大学への進路を決めた新井さん。当初は震災復興関連の研究に携わる予定はなかったものの、徐々に「日本の農業に貢献したい」という思いが強まり、震災を機に「除塩」を研究テーマに選んだそうです。
実際、津波で被災した土壌をこれほどの規模で扱うというのは、前例がないそうです。「こんなに大きな規模の津波で土壌が塩害を起こすのは、100年、いや1,000年サイクルでしか起こらないことです。つまり、そのサンプルは学術的にとても貴重で、僕たちの研究を通して何か新しいことがわかるんじゃないか、と期待しています」新井さんは熱く語りました。
一般に、農学部に在学していても、実際に田んぼや畑を使って研究する機会に恵まれることは多くないそうです。ややもすると、研究室で一日中、海外から採取した土壌サンプルの分析に没頭しがちなのですが、復興に関わる実学に取り組む東北大学では、フィールドでの作業が多くなっています。地域コミュニティとの接点も自然に増え、それが新井さんのような若い研究者のやりがいにつながっているようでした。
その一方、研究者としての悩みは尽きません。「先月、岩沼市で研究発表をしたのですが、専門家の方が多くて、一般公開にもかかわらず市民の方には参加してもらえませんでした」と新井さんは残念そうに話します。発表の基となった実験は、農家に特別な機械や資材がなくても、雨水だけで除塩ができるというテーマでした。「本当は、市民の方に聞いてほしかったです。研究者の扱うテーマは難しすぎるという先入観があるのかもしれませんね」
那須さんと新井さんには、菜の花を植えた土壌での除塩効果が出てきたらやってみたいことがあるそうです。現在は菜種のように土壌塩分に強い植物を扱っている「菜の花プロジェクト」ですが、徐々に塩分に弱い作物も植えられればと考えています。「仙台の南部はハウスでのイチゴ栽培が有名だったので、以前のようにイチゴが植えられればいいな、と思っています」と、二人は目を輝かせて語ってくれました。
そんな学生さんとの話の最後に、中井先生がこうおっしゃったのが印象的でした。「私たちの研究は、二つのことを同時に目指すことが必要です。まず、サイエンスの世界で闘うために、高度な研究をする。このことで農業現場からどうしても離れざるを得なくなります。他方で、農家の方々がやっていることを把握し、明日にでも彼らの役に立つ研究を行う。これらを車の両輪として進めていかなければなりません」
「震災後、大学での研究がいかに地域の復興に貢献しているか」那須さんと新井さんの言葉から、このことがより身近に伝わってきました。なぜなら、二人の若い研究者は中井先生の求める車の両輪として、すでに前へ前へと進み始めているからです。
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