寄稿:攻撃にさらされるアジアの人権擁護者
2018年06月05日
アンドリュー・ギルモア 国連人権担当 事務次長補
今年2月、和平プロセスに参加する数百人のフィリピン人と環境活動家、人権擁護者は、自国の政府によって「テロリスト」と見なされました。リストに載った個人の安全は危険にさらされ、中にはフィリピンから逃れた人もいます。
このリストには、先住民の権利に関する国連の独立専門家、ビクトリア・タウリ=コープス氏の名前もありました。その数カ月前には、同じく国連独立専門家として、司法手段を経ていない処刑の問題に取り組んでいるアニエス・カラマール氏も非難を受けていました。フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領は、カラマール氏に平手打ちを食らわせたいと公言した挙句、他の国連人権担当官をワニの餌にくれてやりたいとまで発言しました。フィリピンの国内人権委員会は、予算をゼロにすると脅され、元委員長のレイラ・デ・リマ上院議員は人権擁護活動を理由に勾留中です。
極端な例だとはいえ、フィリピンで「テロリスト」の烙印を押された数百人の市民社会代表や人権擁護者、国連専門家に対する無差別的な脅迫は、アジア地域の気がかりな傾向を象徴しています。
地域各国の政府が人権擁護者と国連関係者を標的にし、何も罰せられないとすれば、これほど目立たない一般社会レベルの人々には、どのようなメッセージとなって届くのでしょうか。国連やその他人権活動家の保護を求める人々の恐怖が強まる可能性は想像に難くありません。
全世界の人権擁護者は、ますます大きな脅迫や攻撃にさらされ、口を封じられています。ここで伝わるメッセージは明らかです。それは、誰もが攻撃にさらされる可能性があり、アジア全域の多くの人権擁護者は、報復の恐れなしに自由に活動できなくなるということです。
カンボジアでは、2018年の国政選挙を控え、政府が反体制派や独立系メディア、市民社会を弾圧しています。政府は2月、2017年の地方選挙を監視した機関や団体を含む人権擁護者を公然と標的にしているほか、土地の権利を擁護する活動家は政府の転覆を図る外国主導による「革命」を支持したとして非難されています。
各地で人権に対する反発が広がる中で、国連と情報を共有したり、国連の活動に参加したりした個人が問題に巻き込まれ、威嚇や報復を受けるケースも多く生じています。
ミャンマーでは、ラカイン州訪問後にミャンマー担当国連特別報告者の李亮喜(イ・ヤンヒ)氏と会見した民間人に対し、軍(タッマドゥ)が暴力的報復を加えているとの報告があります。その中には殺害や殴打、レイプも含まれています。李氏は自身の訪問の数日後、ミャンマー軍がラカイン州のある村を攻撃したという信頼できる情報を受け取りました。それは、2017年にこの村を訪れた李氏と話した村民に対する報復措置でした。ミャンマー軍は村民の男女を1カ所に寄せ集めて激しい虐待や殴打、暴行を加えました。
テロの教唆という偽りの告発は、政府が国連の重要な市民社会パートナーを標的とする際の口実として、よく聞かれます。人権擁護者がテロの嫌疑をかけられたり、外国の主体との協力を非難されたり、国家の威信や安全を傷つけたとして告発されたりするケースは、枚挙にいとまがありません。
私は最近、東南アジアと南アジア各国の人権擁護者のグループと面談し、その経験についてお聞きしましたが、中には声を上げたり、国連と情報を共有したりしたことによって、状況が悪化しているケースもありました。こうした報復では、名誉棄損や冒涜、デマの嫌疑をかけられるという話が多く聞かれています。人権擁護者はその活動ゆえに、標的とされることが多くなっており、実際にテロリストの烙印を押されている場合もあります。また、薬物中毒者や精神異常者と見なされている活動家もいました。
反対意見に脅威を感じている政府もあります。こうした政府は人権問題を、その内政に対する「不当な外部の干渉」や、体制転覆の企て、異質な「西洋的」価値観の押し付けと断定します。
経済開発や投資プロジェクトへの反対は、特に大きな怒りに触れるようです。先住民の土地が絡むものを含め、アグリビジネスや採取産業、大規模なエネルギー・イニシアティブは、反発の矢面に立たされることが多くあります。
女性の権利活動家や、同性愛者、両性愛者、トランスジェンダー、インターセックス(LGBTI)の権利擁護者が、特に標的とされているようです。コミュニティーから追放されたり、のけ者にされたり、不道徳の烙印を押されたりする人々も多くいます。反発の一形態として、レイプの脅しなどの性暴力も見られます。
宗教の自由を求めて活動する人々は「反イスラム」と見なされ、家族ともども脅迫や嫌がらせを受けています。宗教的寛容の主張が女性の権利や性的自由に絡んでくると、危険はさらに大きくなりかねません。
アジア域内の市民社会はビザの制限、パスポートの没収、渡航禁止、恣意的な警察の捜査や拘束を受けています。活動家による運動は阻止され、他国の人々との交流は制限を受けています。活動家たちは、法律の選択的適用、生存のために資金を受け取るための法的正当性 や能力を損なう措置など、その人権擁護活動を理由とする行政的、法的な影響に直面しているのです。
最も極端な事例では、恣意的な拘束、医療の拒絶、司法手段を経ていない処刑、失踪といった結果が生じることさえあります。
こうした困難に直面しているにもかかわらず、私たちと連携している人権擁護者の多くが持つ強さとレジリエンスは感動的でさえあり、私たちにはその取り組みを支援していく義務があります。市民社会が引き続き活発な国も多くあり、私たちはこうした国々と密接に協力しています。
反対意見を気にする政府は、新たなアイディアの表現を対話の機会として捉えるべきです。同時に、非国家主体による暴力は、政府主体による暴力と同様、深刻に捉えなければなりません。国際社会は引き続き、こうした不穏な動きに注意を払っていかねばならないのです。
今年は世界人権宣言の採択70周年に当たります。集団的人権コミュニティー、さらには国連加盟国全体にとって、この宣言の策定と全会一致での採択に至った経緯を想起することが重要です。世界人権宣言は世界で最も広く翻訳された文書として、500を超える言語で入手可能であるだけでなく、宣言採択当時から今日に至るまで、その妥当性を保っています。
国連と協力したという「罪」のみをもって、市民社会のメンバーに威嚇や報復を行う(いずれも人権宣言の適用を受ける)政府が増えているという事実を、この崇高な文書の起草者たちが知ったとすれば、きっと草葉の陰で嘆くことでしょう。
私たちはこうした主張を深刻に捉えており、具体的な報復事件について政府への働きかけを行っています。市民社会の声を聞くことは、私たち全員の利益となるのです。
* *** *