過去に学ぶ:COVID-19対策にエボラ出血熱など危機の教訓を生かす国連(COVID-19関連記事・日本語訳)
2020年07月03日
過去に学ぶ:COVID-19対策にエボラ出血熱など危機の教訓を生かす国連
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2020年5月13日 — 世界食糧計画(WFP)で管理担当官を務めるキアラ・カマッサ(Chiara Camassa)さんは、4カ月前にハイチに着任して以来、2014年に西アフリカで発生したエボラ出血熱の流行時の経験を買われ、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)問題に関するWFPの「フォーカルポイント(中心的責任者)」を務めています。
「私たちの対応の有効性は究極的には、職員にかかっています」キアラさんはこう述べています。「一つの大きな違いは、エボラが地域的な危機だったのに対し、COVID-19は世界的な流行であるという点です」
世界保健機関(WHO)によると、2014年から2016年までの間に、1万1,310人がエボラウイルスに感染して死亡しました。5月13日現在、COVID-19による死者は28万7,399人を数え、感染者も全世界で400万人を超えています。
キアラさんは、エボラが流行していた当時、職員の派遣は難しくなかったと語っています。初めの2カ月の間に、150人以上が対応支援の場に到着したからです。
COVID-19の場合、移動に制限があるために、WFPはほとんど、手元にある資源と国内の要員だけで活動しなければなりません。「これは私たちにとって、まったく新しい課題です」キアラさんはこう語り、職員に予防措置に関する訓練を施し、職員と活動先のコミュニティーを守るとともに、職員の福祉にも注意を払うことが欠かせないことを強調しています。母国以外の国で長い間、親族と会えずに過ごすことになりかねないからです。
エボラ危機の際、キアラさんはガーナのアクラにあるWFPの地域対応拠点で、発電機、プレハブ、衛生設備その他の機材をはじめ、ギニア、リベリア、シエラレオネという被災3カ国全体の治療センターや事務所、インフラ向けの資産の展開と追跡を担当していました。
キアラさんの説明によると、WFPは食料援助配給機関として、このような資産の調達と移動や、治療センターの建設への参加という点でも、重要な役割を果たしています。
キアラさんは頻繁に3カ国の間を飛び回り、時には遠隔地の村までヘリコプターで出向いて、資産の状況を追跡し、どのように展開、利用されているのかを把握しました。このような遠隔地の村には、道路が整備されていなかったり、途中でトラックが泥にはまって動けなくなったりすることも多いため、食料援助が必要な家庭に届いているのを見届けられたことで、大きなやりがいも得られました。
こうした援助により、人々は食卓に食料を調達するために、長い距離を移動する必要がなくなります。自宅に留まり、他人との接触を避けることもできるため、これがウイルスの蔓延を防ぐ一因にもなりました。
「どちらのケースでも、食料援助は家にこもることを容易にする効果があります」キアラさんはこう語ります。
ハイチでは、WFPがアルティボニットという町のエネリー地区に住む人々に、1カ月分の食料を配給しました。政府によって町が封鎖される寸前のことでした。
機関間の調整と協力
西アフリカ地域でWFPのシニア・プログラム・アドバイザーを務めるナターシャ・ナダーズディン(Natasha Nadazdin)さんは、WFPが従来の専門領域を出て積極的に活動しなければ、エボラ危機による死者ははるかに多くなっていた可能性があると述べています。
「当初は医療危機だという認識があり、権限を逸脱して、WHOがやるはずの仕事をすべきではないと考えていました」ナターシャさんはこう語ります。「しかし、この危機の潜在的な規模を認識した時、WFPが本格的に支援に携わらねばならないことが明らかになりました。私たちには、物資を迅速に調達し、サプライチェーンを組織できる物流能力があるからです」
WHOやその他の医療機関が、アフリカで今後、必須の医療用品の配給を計画する際に、WFPに関与を求めたことを受けて「新しい対話」が生まれたということです。
当時のマーガレット・チャンWHO事務局長は『エボラに学ぶ:流行と緊急事態への備え(Learning from Ebola: readiness for outbreaks and emergencies)』と題する論説記事で、次のように記しています。「エボラの流行は、私たちに多くの教訓を与えましたが、その中には、病気の流行と緊急事態への対応は、現場に始まり、現場で終わるということが含まれています。つまり、対応に着手する前に、リーダーシップと調整、技術的支援、物流、人材管理、コミュニケーションなど、一定の重要な能力を整備しておかねばならないということです」
「また、流行と緊急事態を抑えるために活動する機関が、密接に協力しなければならないことも明らかになりました」元事務局長はこう付け加えています。
今年2月、WHOは世界各地で戦略的助言を提供し、ハイレベルの政治的アドボカシーと参画を確保するため、6人のCOVID-19特使を任命しました。その中には、エボラ出血熱に関する国連特使を務めたデビッド・ナバロ氏も名を連ねています。
WFPの米国事務所で公共政策・調査担当シニア・ディレクターを務めるチェイス・ソーバ(Chase Sova)氏は、中国で重症急性呼吸器症候群(SARS)と中東呼吸器症候群(MERS)が流行した際には、十分な緩衝在庫があり、継続的な物資の流れを確保する措置が取られたことで、現地の市場と価格の混乱が最小限に抑えられたことを指摘しています。
しかし、2014年に西アフリカでエボラが流行した際には、被災国で主食の価格が劇的に上昇したため、同氏はCOVID-19が食料の安定確保に影響を与える公算は高いとしています。
国連児童基金(UNICEF)は、『COVID-19パンデミックが学童の食料と栄養に与える影響の緩和(Mitigating the effects of the COVID-19 pandemic on food and nutrition of schoolchildren)』と題する報告書で、エボラをはじめとするその他の流行病から得られた教訓が、社会的に弱い立場に置かれた世帯全体を援助するために、学校給食プログラムから食料を流用したり、学校の食堂を利用して、エボラの影響を受けた家庭や、受入家族と暮らすエボラ孤児などの最も脆弱な層に手を差し伸べたりすることの有効性を示していると述べています。
UNICEFによると、エボラの影響を受けた世帯を直接に対象とするのではなく、対象となった学校に通うすべての子どもを援助することが、コミュニティーにとってスティグマ(偏見や差別)を克服し、諸機関や当局への信頼を取り戻すための一助となりました。
過去の教訓を応用する西アフリカ諸国
西アフリカ諸国は現在、2014年から2016年にかけてのエボラ流行への対策から得た知見をCOVID-19対策に応用し、目覚ましい成果を上げています。
シエラレオネは、エボラによって最も大きな打撃を受けた国の一つであり、感染者は1万4,000人、死者は4,000近くに上りました。エボラ出血熱の大流行は、残虐な内戦後の再建がまだ終わらず、追加的な医療関係者の需要の充足に苦心していた国内の脆弱な公衆衛生システムを崩壊させました。
本稿の執筆時点で、同国で確認されたCOVID-19感染者は338人、死者は19人となっています。
国際移住機関(IOM)によると、この数は比較的少なく、その一因として、シエラレオネがエボラ流行から学んだ教訓が考えられます。
同国は最初の感染者が確認される3週間前に、COVID-19対応準備計画を策定していました。そのおかげで、保健省は発端患者の一次的接触者のほとんどを特定、検査、隔離することができ、それによって病気の蔓延も抑えられたのです。
穴だらけの陸上国境と大量の越境貿易で知られる地域では、疾病監視と集団検査が、感染のおそれがある渡航者を発見し、適切な医療施設に紹介することで、病気の蔓延を抑えることにおいてカギを握ります。リスクの高い国境地帯や、密集した都市部のスラム、インフォーマルな居住地のコミュニティーとの連携も、病気の蔓延をさらに防ぐうえで極めて有意義な役割を果たします。
「エボラ出血熱の大流行の際、IOMは感染の連鎖を断つために、第一線の労働者や国境検問所の職員を対象に、感染予防・対策訓練に関する全国的プログラムを実施するとともに、主な入口点(POE)での水と衛生(Water, Sanitation and Hygiene:WASH)監視システムと、衛生実践に関するコミュニティーの参画を確立しました」こう述べるのは、シエラレオネでIOMの活動を率いるジェームス・バゴンザ(James Bagonza)さんです。
WHOによると、2016年にエボラ終息を宣言したシエラレオネは、700万人強の人口に対し、医師156人、看護師5,668人を数えるようになりました。人材不足はまだ続いているものの、政府は特にCOVID-19対応で、その公衆衛生システムを大幅に改善しています。4月9日時点で、病院のCOVID-19患者収容能力は130床に達しているのに加え、酸素濃縮器200台と、集中治療が必要な患者向けに15床のベッドも確保されています。
エボラで最も大きな被害を受け、4,809人の死者を出した隣国のリベリアでは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の職員が、エボラの大流行での経験を活かし、COVID-19に関する広報メッセージを作成しています。
1991年に自身がまだ幼い頃にリベリア内戦を逃れ、難民になったミアタ・チュービー・ジョンソン(Miata Tubee Johnson)さんは、UNHCRの公衆衛生担当官として、今度は難民にエボラの感染予防法に関する適切な情報を届ける立場になりました。また、国家エボラ予防計画の対象に難民も含めるよう、各国政府に訴えるチームとも連携を図りました。
「リベリアでの経験は実際、今の仕事に大いに役立っています」ミアタさんはこう語ります。「既視感があるからです」
COVID-19の感染経路と病因はエボラと異なりますが、ミアタさんは過去の経験に幅広く依拠しながら、命を救う公衆衛生メッセージを発信したり、国のコロナウイルス対応への難民の統合を求めたりしています。
SARSに学ぶ
アジア太平洋地域も、過去の世界的大流行(パンデミック)に学んでいます。
COVID-19流行前の2020年1月に発表された報告書『最も健康で安全な地域を目指す未来のために(For the Future Towards the Healthiest and Safest Region)』で、WHO西太平洋地域事務所は、この地域が最近の10年間、SARSの流行、H1N1インフルエンザのパンデミックやその他の実際の事案から学んだ教訓を基に、医療保障システムの強化で大きな前進を遂げ、これが「アジア太平洋新興感染症戦略」の策定と実施につながったと述べています。
東南アジアと国際社会を初めて襲った深刻な新型感染症はSARSでしたが、2003年にその国内感染国リストから外れた最初の国となったのは、ベトナムでした。
本稿の執筆時点で、ベトナムではCOVID-19による死者が出ていません。「ベトナムのCOVID-19対応からは、以前のSARSと現在のCOVID-19の経験に基づき、いかにしてパンデミックや感染症の蔓延を抑えるべきかについて、多くの教訓を学べるため、これを世界のその他の国とも共有すべきです」カマル・マルホトラ国連ベトナム常駐調整官は、最近の寄稿記事で、このように述べています。
グローバルな連帯で天然痘を撃退
WHOは5月8日、天然痘根絶40周年を記念し、国連郵政部(UNPA)が作成した記念郵便切手を発表しました。
「世界がCOVID-19のパンデミックに直面する中で、人間の天然痘に対する勝利は、各国が力を合わせ、共通の健康への脅威と闘えば、どのような成果が可能かを思い起こさせてくれます」テドロス・アダノム・ゲブレイェススWHO事務局長は、このように述べています。
当時用いられて成果を上げた基本的な公衆衛生ツールの多くは、疾病監視、症例発見、接触者追跡、影響を受ける人々に情報を提供する広報キャンペーンなど、エボラやCOVID-19への対応に用いられているものと同じです。
「天然痘根絶キャンペーンには、ワクチンという、私たちがCOVID-19対策でまだ利用できない重要なツールがありました。ワクチンです。そして実際のところ、それは世界初のワクチンでした」WHO事務局長はこう語り、COVID-19ワクチンの開発を加速する必要性を強調しました。
しかし事務局長は、ワクチンが天然痘の終焉に欠かせなかったとしても、それだけでは不十分だったとも述べています。ワクチン自体は1796年にエドワード・ジェンナーが開発してはいたものの、結局のところ、天然痘の根絶にはそれからさらに184年を要したからです。
「天然痘に対する勝利の決定的な要因は、グローバルな連帯でした」テドロス事務局長はこう強調し、冷戦の真っ只中でも、ソ連と米国が力を合わせて、共通の敵の克服に取り組んだことを指摘しました。
「国の結束に根差した同様の連帯が、COVID-19を克服するという目的で、これまで以上に必要とされています」事務局長はこう語っています。
執筆者について
グローバル・コミュニケーション局
国連グローバル・コミュニケーション局(DGC)は、国連の活動に対するグローバルな認識と理解を推進します。
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原文(English)はこちらからご覧ください。