アナン事務総長、世界経済フォーラムでのあいさつ(スイス、ダボス 2004年1月23日)
プレスリリース 04/007-J 2004年02月04日
5年前、私はここダボスで、世界の財界指導者の皆様に対し、国連とともに旅していただけるよう呼びかけました。皆様はすでに、グローバリゼーションを目指す独自の旅を続けていらっしゃいました。
当時、多くの人々はグローバリゼーションを自然の成り行きと考えていました。そしてそれは、より緊密な市場統合、規模の経済の拡大、利益と繁栄のチャンス増大を目指し、断固として突き進んでいるように見えました。
しかし、このときすでに私は、社会的支柱という基盤が維持されない限り、グローバリゼーションは持続できないと警告せざるを得ませんでした。シアトルで激しい抗議行動が起きたのは、その10ヵ月後のことでした。貧困、公平性、社会的疎外に関するグローバルな不安は、爆発寸前のレベルに達していました。私は、グローバル市場が共有の価値と責任ある実践に根ざしたものとならない限り、グローバル経済は脆く、プロテクショニズム(保護主義)、ポピュリズム、ナショナリズム、エスニック・ショーヴィニズム(民族至上主義)、ファナティズム(狂信主義)、テロリズムなど、冷戦後の世界のあらゆる「イズム」からの反撃にさらされやすくなることを危惧していたのです。
私が皆様に対し、賢明な利己心と共通の利益に基づいて、こうした社会的支柱の構築と強化に協力していただけるようお願いした理由はここにありました。私は特に、人権、労働基準および環境の分野を重視しました。これらはいずれも、皆様の活動が直接的に大きな影響を及ぼす分野だからです。私が参加を呼びかけたグローバル・コンパクト(GC)は、契約でもなければ行動規範でもなく、また一連の規制でもなければ新たな監視システムでもなく、企業の成功に必要な経済の解放を強化するようなグローバル市民性を表現すると同時に、人々がその生活を向上する機会を作り出すためのコンパクト(盟約)でした。
皆様の多くが指導者として、こうした課題を進んで受け止め、コンパクトの諸原則を事業の中で体現していただいていることを、私は嬉しく思います。今日までに、70カ国の先進国、途上国から事実上、あらゆる経済部門に携わる1,200社以上の企業が、GCへの参加を表明しました。市民社会団体やグローバルな労働運動も、GC成功のための取り組みに加わっています。政府もこの取り組みを支援しています。GCはエイズ啓発から腐敗防止、またeラーニングから環境効率に至るまで、今日の重要課題に取り組む数十件の実用的なイニシアチブに着想を与えました。世界でもっとも貧しい数カ国への投資も促しました。また、国連自身も、多くのステークホールダー(利害関係者)の参加を新たな形で促進できるようになりました。
しかし、さらに多くの成果を積み重ねることが可能です。それは義務でもあります。このことを念頭に、私は今年6月、これまでの成果の評価と活動を見直し、さらに高いレベルの成果を目指すため、国連本部でグローバルコンパクト・サミットの開催を予定しています。
私たちがコンパクトの任務を深め、広げようとしているこのときにも、世界は大きく変化しています。その中には、悪い方向への変化も見られます。
今日では、グローバルな経済環境だけでなく、グローバルな安全保障の状況、さらには国際政治の動向それ自体が、安定的で公平な規則に基づくグローバル秩序の維持を損なうような性格を強めています。そこで私は、皆様に対し再度、営利企業のリーダーとしてだけではなく、大きな利害の絡むグローバル市民としても、さらに大きな課題に取り組んでいただけるようお願いしなければなりません。
経済的には、資金をもっとも必要とする開発途上国への投資が先細り状態にあります。また、開発途上国にとって極めて不利な仕組みを撤廃するための貿易交渉は今のところ、暗礁に乗り上げたままです。
安全保障については、国際テロもテロとの戦いも、過去半世紀かけてようやく確立された行動規範と人権規準を覆すと同時に、文化、宗教、民族間の溝をさらに広げるおそれがあります。
そして政治的には、国連自身の役割、国連憲章の実効性、そして集団安全保障システムが大きな試練にさらされています。
ほんの数年のうちに、グローバリゼーションがほとんど自明の理だという信念は、弱体化したグローバル秩序の存続それ自体に対する大きな不透明感へと姿を変えたのです。
これは国連にとっての挑戦です。しかし財界の方々も、どうしたら状況を改善できるかを自問せざるを得ないでしょう。皆様がどのようにすれば役割を果たせるかについて、いくつかお話しさせていただきたいと思います。
経済の分野では、皆様の利害と、国際社会が「ミレニアム開発目標」を達成できる能力との間に、直接的な関係があります。平和と人間の尊厳を求める私たちの闘いにとって、これらの目標は中心に据えられています。しかし、イラク戦争をはじめとするここ1、2年の出来事により、私たちの注意はここから大きく逸れ、その実現が危ぶまれています。国際的な課題のバランスを調整すべき時が来ています。
目標の実現には、企業の参加が欠かせません。例えば、水に関していえば、2015年までに安全な飲み水を利用できない人々の割合を半減させるという目標が掲げられています。このためには、1日27万ヵ所に水道を通す必要がありますが、政府、NGOおよび開発機関だけでこれを実現するのは不可能です。その他、エネルギーから通信に至るまで、同様の目標値が数多く定められていますが、その実現にはさらに幅広い開発手段が必要とされています。
ミレニアム開発目標の目的は何よりも、人々を助けることにあります。しかし、これはビジネスとしても十分に成り立ちます。その理由としては第1に、インフラ整備への援助は大きなビジネスチャンスであること、そして第2に、インフラが整備されれば、企業にとっての市場の規模と活力がともに高まることがあげられます。カナダのマーティン首相とメキシコのセディージョ元大統領を議長とする「民間セクターと開発に関する委員会」(Commission on Private Sector and Development)は数ヵ月後、その活動の報告を行う予定です。民間企業の大きな能力を貧困対策に活用するために、さらに何をしなければならないかについて、しっかりとした提言がなされるものと期待しています。
企業はまた、貿易の分野にも大きな影響を及ぼすことができる可能性を秘めています。企業はこの影響力を行使して、交渉の打開を助けることができますし、また、そうすべきでもあります。何にも増して必要なのは、貧困層に利益となる農業分野での合意です。そしてこの問題こそが、皆様にとって大きな利益となっている多国間貿易システムを脅かす最大の存在なのです。農業補助金は市場原理を歪め、環境を破壊します。そして、貧しい国々からの輸出品を世界市場から締め出し、これらの国々にいくら援助や投資を行ったとしても埋め合わせることができない収入の損失をもたらします。私たち自身の利益からも、システムそれ自体の信頼性を保つためにも、こうした補助金は撤廃しなければなりません。
また、平和と安全に対する脅威に対処するための取り組みについても、特に紛争の影響を受ける国々での事業を通じた皆様の援助が必要です。企業は紛争の助長を極力避けるための方法を見つけなければなりません。紛争には各勢力間の天然資源をめぐる確執が絡んでいることが多く、企業は時には意識的に、時には無意識的に、こうした紛争の火に油を注いでいるからです。透明性を高め、腐敗と闘う企業の取り組みは、そもそもの紛争の発生を防止するために効果的な手段となりえます。
国際安全保障システムがジャングルの法則に基づく露骨な競争へと退化しないようにすることも、企業にとって大きな利益となります。安全保障に対する脅威と挑戦はここ数年で、私たちに共通の問題として急浮上してきましたが、私は最近、この問題ついて検討を加え、現行の制度と実践をどのように変える必要がありうるかに関する提言を行うためのハイレベルパネルを設置しました。商品とサービスの自由な流れが安定的で協調的な安全保障秩序に依存していることは、皆様もよくご存知のはずです。各国の政府に対し、皆様がこれをどれだけ重要と考えているかを訴えていただけるようお願いしたいと思います。
最後に、グローバルな政治問題に触れさせていただきます。国連それ自体は最終的な目標ではありません。それは正義、国際法の遵守、紛争の平和的解決といった普遍的原則に則り、また、こうした原則を実践する日常的な活動を通じ、よりよい世界を築いてゆくための手段にすぎません。しかし、この使命を全うするためには、政治指導者たちがその二重の役割に対する認識を深める必要があります。それぞれの政府は、自らの社会に対する責任を負っています。同時に、政府は全体として、どの国に住んでいようとも、地球上の市民である私たちに共通する生活の守護者でもあります。私たち一人ひとりが、この理解を深める必要があります。私たちすべてが、この趣旨に沿って協力してゆかなければならないのです。
私的な利益だけでなく、公的な価値の創造をも目指す新たな企業指導者の概念を生み出そうとする世界経済フォーラムの取り組みに、私は拍手を送りたいと思います。また、もっとも貧しく、もっとも多くのものを必要としていながら、発言力を持たない人々への注意を喚起した「世界社会フォーラム」に対しても、拍手を送りたいと思います。私は、これら2つのコミュニティの連携を探る方法が見つかることを期待しています。その意見がどれだけかけ離れていようとも、公平で、法に支配され、世界の人々全員のニーズを反映するグローバル秩序が双方の利益となるという点で、両者は共通の立場にいるのです。私たちの全員、そして一人ひとりが、これを至上の目標としてゆこうではありませんか。