自由貿易の恩恵のさらなる拡大を
プレスリリース 99/207 1999年12月06日
コフィー・アナン国連事務総長
あと1ヶ月ほどで私達は20世紀を後にします。20世紀の前半は戦争によってほとんどすべてが破壊された時代であり、それは2つの相反する通商ブロックへの分裂に因るものでもありました。20世紀後半は世界貿易が予想もしなかったほど拡大し、予想しなかったほどの経済成長をもたらしました。
今週WTOの会議がシアトルで開催されますが、この会議および今後数年間に開催される会議が、21世紀を20世紀前半のような、あるいはそれを上回る悲惨な世紀にするのか、20世紀後半のような、あるいはそれを上回る輝かしい世紀にするのかを左右するものとなる可能性があります。
第二次世界大戦後、先見の明のある政治家達によって、自由貿易を可能とし、それによって将来の戦争の可能性を少なくするような規則が支配する戦後の経済および政治秩序が構築されました。広い意味で、これらの政治家の試みは成功したといえます。なぜなら、この時期は、完全雇用、物価安定、社会の安全ネットを保証することが国家の役割であるというコンセンサスが広く行き渡っていた時代であり、各国の経済が異なっており、国境での規制を実施することによって国家が国民同士の取引を管理することができる時代だったからです。
今日の世界は、これとは大いに変わっています。生産と金融のネットワークが国境を越えて広がり、真の意味でのグローバル化が実現しました。しかし、その他のシステムのグローバル化はまだまだ遅れています。国家や国家を代表する機関の間で交渉するだけでは、国際的取引の条件を決定することがもはや不可能となりました。経済は、価値や制度上の慣習を共有している大きな枠組みの中に封じ込まれるようなものではなくなりました。経済はグローバル化しましたが、政治は依然としてほとんどローカルなままです。
その結果、自由選挙を実施する国は増加しても、人々は自分達の生活に影響を及ぼす決定に対して自分達が影響力を行使できないと感じています。人々は自分達が弱者であり無力であると感じています。この感覚は、様々な正当な理由を促進するために通商政策を採用しようとする際に私達が耳にする多くの議論の背景に存在すると考えます。このような議論を展開する人たちは、グローバル化に伴う危険性や不安を声高に主張しています。
仕事、人権、児童労働、環境、また科学や医学研究の商業化に関して懸念することは正しいことです。とりわけ、開発途上国の多くの人々が苦しんでいる絶望的な貧困状況を懸念することは正しいことです。
しかし、グローバル化を国内政策の失敗の身代わりにするべきではありません。先進国は、貧しい人々を犠牲にして自分自身の問題を解決しようとしてはならないのです。その根が貿易ではなくその他の政策分野にある問題を解決するために貿易規制を利用することは、ほとんど意味がありません。貧困を悪化させ、発展を阻むことにより、貿易規制が解決に向けて取り組みが続いている問題をさらに悪化させてしまうことがしばしば起こっています。
実際の経験が示すように、貿易や投資は経済的な発展だけをもたらすのではなく、しばしば人権や環境保護の基準を高める効果をもっています。これら全ては、国家が正しい政策と制度を導入したときにもたらされるのです。実際に、開発途上国の人々は、チャンスが与えられれば人権や環境保護基準の向上を強く支持するものです。
従って、貿易に関する新たな条件や規制を導入することによって途上国の人々を援助したいと主張する人たちに対して、途上国が疑いの目を向けることは驚くべきことではありません。途上国の人々は、自由貿易が彼らにとって恩恵をもたらすものであり、自国の経済を開放しなければならないと繰り返し聞かされてきています。そして彼らは多大な犠牲を払ってその助言に従ってきました。しかしまだ十分ではないでしょう。途上国の多くはいまなお高い関税障壁を維持し、自由競争を制限し国内の製造業者に決定的な打撃になるような大量の輸入を禁止しています。そのことで経済成長が鈍化しています。
たとえそうであっても、豊かな国々の自国の関税を貧しい国々に比べて引き下げているというのは事実です。これらの国々同士で製品を輸出しあうだけで、一見、十分幸せのようです。しかし、豊かな国々は依然として開発途上国の最終製品ではなく原材料だけが欲しいのです。その結果、先進国が開発途上国からの製品輸入にかける関税は、平均して他の先進国からの輸入がほぼすべてを占める製品にかける関税の4倍となっています。また、先進国は、関税だけでなく輸入割当や反ダンピングの罰金制度も利用して、第三世界の製品を第一級の世界市場から閉め出しつづけており、特に比較的貧しい国々でも競争力を有する、農業、繊維、衣料などの分野でこの傾向が顕著です。豊かな国々の中には、新興経済国は公正に競争することができないときめつけてしまう国もあり、新興経済国が競争力のある価格で何かを製造しても、自動的にダンピングで訴えられてしまうのです。
実際には、世界市場で自国の余剰食品をダンピングしているのは先進国の方なのです。、先進国の毎年2500億ドルにのぼる助成金によって発生している余剰食品は、助成されている輸入品と競争することのできない途上国の数百万人もの貧しい農民の生活を脅かしているのです。
今、必要なことは世界貿易を阻む新たな足かせではなく、社会や政治の問題に直接取り組むための各国政府による規模の大きい決定なのです。
私達は、自由貿易の前進と法律によるルールを当然のことと捉えるべきではありません。自由なグローバル市場は、自由な国内市場と同じく、価値観の共有によって支えられ、効果的な制度によって保証されていなければならないのです。我々は、知的所有権を守るためのこれまでの取り組みと同じく、人権や労働基準や環境を守るために強固なリーダーシップを発揮する必要があります。国連は、その環境計画、人権高等弁務官事務所、および国際労働機関(ILO)などの専門機関を擁して、かかる目的達成のために存在しています。国連は、これらの問題解決の一翼を担うことができます。
民間部門からの支援も必要です。グローバル化の恩恵を最初に受けるのは多国籍企業です。これらの企業は、自らが享受する恩恵に見合った責任を分担するべきです。この考えにもとづき、私は今年初めに、企業と国連の間の「グローバル・コンパクト」(地球規模の契約)を提案しました。この「グローバル・コンパクト」のもとで、企業が、人権、労働基準、環境保護について国際的に認められた基準に従い行動するよう私達は支援します。
当面の間、WTOはその本来の重大な任務から目をそらすべきではありません。今回、自由貿易の恩恵を開発途上の国々に完全に行き渡らせるべきです。そうでなければ、グローバル化に対する反発が抑えきれないものとなる可能性があります。
貿易は援助よりも望ましいことです。先進国が自分達の市場開放のためにさらに多くの対策を講じれば、途上国は輸出により年間数十億ドルの増収を得ることができ、この金額は現在途上国が受けている援助額をはるかに上回るのです。貧困にあえぐ数百万という多くの人々が、現在の悲惨な状況から脱して人並みの生活を手に入れることができるのです。そして、豊かな国々が負う犠牲はとるに足らない程度のものです。
実際に、このような対策を講じることによって、先進各国は自国民の願いもかなえることができるかもしれないのです。EUを例にとると、最近の調査では、各種の貿易保護政策のために現在GDPの6%から7%が使われています。ヨーロッパの一部の人々がその恩恵を受けていることは間違いありません。しかし同じヨーロッパ人が彼らを支援するためのもっと安くもっと無害な方法があることは確かです。
今回、途上国の輸出を阻む関税やその他の貿易障壁は大幅に緩和されるべきです。最も開発の遅れた国々の輸出に対する関税や輸入割当の措置は撤廃されるべきです。
この新ラウンドは、「開発ラウンド」であるべきです。世界は、公正で自由な貿易システムを必要としています。