潘基文(パン・ギムン)国連事務総長演説 (ニューヨーク、2016年9月20日)
プレスリリース 16-096-J 2016年09月20日
私が国連というこの偉大な組織に奉仕する特権を与えられたこの10年間、皆様から頂いたご支援に対し、深く感謝いたします。
私は2006年12月の宣誓式にあたり、皆様と一緒に「われら人民」のために働くことを約束しました。
国連憲章を指針としつつ、また、職員の献身的な努力の甲斐もあり、私たちはともに、多くのことを成し遂げました。
しかし私は、大きな懸念も抱えています。
市民とそのリーダーとの間に、不信の溝が広がっています。過激派は人々を無理矢理「味方」か「敵」かに二分しようとしています。地球は海面の上昇や記録的な猛暑、そして異常な暴風雨で私たちを襲っています。そして、多くの人々は来る日も来る日も、危険と隣り合わせで暮らしています。
1億3,000万人が生きるために援助を必要としています。そのうちの数千万人は子どもと若者です。つまり、私たちの次の世代がもう危険にさらされているのです。
それでも、10年間にわたり事務総長を務めた私は、これまでよりも一層、戦争や貧困、迫害に終止符を打つ力が私たちに備わっていると確信しています。私たちには、紛争を予防する手段があります。私たちには、貧富の格差を縮め、そして人々の生活の中で権利を現実のものとする潜在能力が備わっているのです。
私たちは「持続可能な開発目標(SDGs)」という、よりよい未来のためのマニフェストを作り上げました。
気候変動に関するパリ協定により、私たちは現代を特徴づける課題に取り組んでいるところです。
私たちに無駄にできる時間はありません。私はリーダーである皆様に対し、年内にパリ協定を発効させることを訴えます。あとは、温室効果ガス排出量のわずか15%を占める、26カ国が批准すればよいのです。
私は皆様に対し、低炭素成長、レジリエンスの強化、機会の増大、そして子どもたちの幸せがいずれも実現できる世界へと私たちを導くよう訴えます。
こうした大きな前進は、安全保障上の脅威によって脅かされています。
武力紛争は長期化、複雑化しています。ガバナンスの破綻により、社会が崖から転落しています。社会の急進化によって、その一体性が脅かされていますが、それこそまさに、暴力的な過激派が待ち望んでいる状況です。
イエメンからリビア、イラク、さらにはアフガニスタンからサヘル、チャド湖水盆地に至るまで、その悲劇的結末は残酷な形で現れています。
現在の世界では、シリア紛争が最も多くの人命を奪い、最も幅広い不安の種を蒔いています。この紛争を武力で解決することはできません。多くの集団が罪のない人々を多数、殺害していますが、特にシリア政府は、民間人の居住地域に引き続き樽爆弾を投下し、数千人の抑留者を組織的に拷問にかけ続けています。戦闘行為を陰で支援する権力者の手も、血で汚れています。きょう、この議場には、シリア紛争全当事者のシリア民間人に対する残虐行為を無視したり、促進したり、資金面で支援したり、これに参加したり、さらにはこれを計画したりした政府の代表の顔もあります。
これ以上、状況が悪化することはなかろうと私たちが思った矢先に、さらなる蛮行が積み重ねられました。きのうの国連・シリア・アラブ赤新月社合同援助車両への著しく野蛮な、しかも意図的と見られる攻撃は、その最も新しい事例です。
国連はこの言語道断な行為により、援助物資の配送を中断せざるを得なくなりました。
命を救うための援助物資を届ける人道支援要員こそが英雄であり、これに対して爆撃を加える者は、卑怯者にすぎません。
このような犯罪の責任は、絶対に取らせなければなりません。
私は影響力を有するすべての人々に対し、戦闘に終止符を打ち、和平交渉をスタートさせるよう訴えます。政権の移行は、ずっと前に解決されているべき課題です。これだけの暴力と無政府状態が続く中で、シリアの将来を1人の人間の手に委ねるべきではないからです。
1年前、パレスチナは堂々とその旗を国連本部に掲げました。しかし、2国家共存という解決策の見通しは、日ごとに暗くなりつつあります。この状況の中で、パレスチナ占領の歴史は50年目を迎えました。
私はイスラエル人、パレスチナ人双方の友人として、この10年が和平にとって失われた10年となったことに痛みを覚えています。10年間、違法な入植地の拡大が続きました。そして10年間、パレスチナ内部の亀裂は深まり、二極化と無力感が広がりを見せています。
これは狂気以外の何物でもありません。2国家共存という解決策を単一国家という構図に押し込めれば、破局は目に見えています。パレスチナ人にその自由と正当な未来を否定する一方で、イスラエルをユダヤ民主主義というビジョンからさらに遠ざけ、世界的な孤立へと導くことになるからです。
朝鮮半島では、朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)による5回目の核実験が、またもや地域と国際の安全を脅かしています。その一方で、国民の苦痛と窮状はさらに悪化しています。私はDPRKのリーダーに対し、方針を変え、自国民と国際社会に対する責任を全うするよう強く呼びかけます。
ウクライナでの暴力は国内的な混乱をもたらしただけでなく、ヨーロッパ全土でさらに新たな緊張状態を生み、地政学的な対立に再び火をつけています。
南スーダンでも、リーダーが国民を欺いています。
事実、あまりにも多くの国々で、リーダーが憲法を書き換えたり、選挙を操作したりするなどして、権力にしがみつこうとする様子が見られます。
リーダーは、自らの地位が個人的財産ではなく、国民からの信頼によって成り立っていることを理解しなければなりません。
すべてのリーダーに対する私のメッセージは明快です。それは「人々に奉仕せよ」ということです。民主主義を蝕んだり、自国の資源を盗み取ったり、批判する者を投獄したり、拷問にかけたりしてはならないのです。
私たちはきのう、紛争や圧政から逃れようとする人々への支援に関し、大きな前進を遂げました。
「難民と移民に関するニューヨーク宣言」は、人命を救い、数百万人の権利を守るための道のりを示しています。私たち全員が、この約束を果たさなければなりません。
難民と移民は、憎悪に直面することがあまりにも多くなっています。特にイスラム教徒は、暗い過去を彷彿とさせるようなステレオタイプ化や疑念の対象となっています。私は政治的なリーダーと候補者に対し、人々を分裂させ、不安を煽ることによって票を稼げるという、皮肉で危険な政治的計算を慎むよう訴えます。世界はすべての嘘や歪曲に対して立ち上がり、あらゆる形態の差別を拒否しなければならないのです。
私たちは、人々に移動を強いる要因にも取り組まねばなりません。つまり、紛争予防に投資したり、辛抱強く外交努力を続けたりする必要があります。また、平和維持に対する需要が高まる中で、私たちは各国が平和を確保、維持するための支援として、平和活動の強化を続けなければなりません。私は、総会が「暴力的過激主義防止の行動計画」に支持を表明したことに心を強くしています。行動計画は、私たちが紛争の助長要因に取り組むための一助となりうるからです。
ミャンマーでは、移行が、新たな期待できる段階に入っています。スリランカでは、内戦後の癒しに向けた取り組みが活発化しています。両国における真の意味での和解は、少数者、多数者に関係なく、すべてのコミュニティーを新たな連合に組み入れられるかどうかにかかっています。
私は次の月曜日、世界で最も長く続く武力紛争のひとつに終止符を打つ和平合意の署名に立ち会うため、コロンビアを訪れる予定です。国連はコロンビアの人々の前進を一歩ずつ支援してゆきます。
キプロスでも、合意に向けた心強い動きが見られます。
実現の可能性のある前進と解決を、私たち全員で支援しようではありませんか。
私はまた、この場をお借りして、国連の評判に傷をつけただけでなく、私たちが奉仕の対象とする数多くの人々を不安に陥れた2つの出来事につき、遺憾の意を表明します。
第1に、一部の平和維持要員とその他の国連職員による忌まわしい性的搾取・暴力行為は、すでに紛争の被害を受けている人々の苦痛をさらに増し、その他多くの国連職員が全世界で成し遂げてきた取り組みの成果を台無しにしました。保護する立場にある人間が搾取する側に回るようなことがあってはなりません。加盟国と事務局は、ゼロ容認という国連の方針を適用、強化するための取り組みをさらに進めなければなりません。
第2に、ハイチでは苦難が重なっています。壊滅的な地震の後、国内でコレラが蔓延したからです。私は、コレラの被害を受けたハイチの人々の恐ろしい苦痛に対し、強い遺憾の念と痛みを感じています。ハイチ国民の窮状を緩和し、その生活条件を改善するため、新たな戦略を導入しなければなりません。私たちは、この道義的責任を持続的に果たしていく決意を固めています。
私たちは現在、最も直接的な影響を受けた人々に対する支援措置を策定するとともに、長期的な疾病予防に最も効果的な給水や衛生、保健システムの整備に向けた取り組みをさらに進めているところです。しかし、加盟国による政治的、財政的な全面支援がなければ、この目標は達成できません。
この戦略の詳細については、後ほど皆様に説明します。ハイチの人々に対する私たちの義務を果たすため、力を合わせようではありませんか。
その他、今後も長期にわたり、国連の優先課題となる分野についても、いくつか簡単に触れておきたいと思います。
私は自らの在任中にUNウィメンが産声を上げたことを、誇りに思います。UNウィメンは現在「50-50プラネット」キャンペーンにより、ジェンダーの平等と女性のエンパワーメントを擁護する第一人者としての地位を確立しています。私はこれまでで最多の数の女性を国連高官に任命しました。私は自称「フェミニスト」であることを誇りにしています。
女性が空の半分を持ち上げることは、私たちの目標達成に欠かせない条件です。
私は常々、女性の潜在能力こそ、世界で最も活用が遅れている資源だと述べてきました。
よって私たちは、女性に対する根強い差別と慢性的な暴力に終止符を打ち、女性の政策決定への参加を推進し、あらゆる女児に当然の社会人としてのスタートを確保するため、はるかに多くの努力を重ねなければなりません。
私はまた、民族や宗教、性的指向に関係なく、すべての人々の権利擁護者であることにも、誇りを感じてきました。
私たちの人権機構は「Human Rights up Front(人権を最優先に)」イニシアティブとともに、人権の擁護を第一に考えています。人権は社会を支える柱であると同時に、過激主義や市民の絶望を防ぐ手段でもあるからです。
私たちは「保護する責任」に対する支援を強化しました。死刑廃止も前進させました。国際刑事裁判所やその他機関による画期的な有罪判決は、アカウンタビリティーを推進したものの、ジェノサイドをはじめとする残虐犯罪を予防するためにすべきことは、まだはるかに多く残っています。
市民社会は、こうした取り組みのすべてに欠かせません。
私は皆様全員に対し、市民社会と独立メディアに対する「イエス」の声と、集会や表現の自由の弾圧に対する「ノー」の声に加わっていただくことをお願いします。
私たちはこの10年間、教育と保健の分野で大きな前進を遂げました。
私たちは事実上、ポリオを根絶しました。出産を無事に終える女性の数も増えています。より多くの子どもたちが学校に通い、よりよい条件でより長生きできるようにもなりました。私たちがエボラ蔓延を食い止めるために講じた措置により、将来の衛生上の緊急事態に対する準備態勢も整えられました。「グローバル健康危機タスクフォース」による作業は、疾病の流行が新聞記事の1面に載るずっと前から、監視を行う必要性を改めて指摘しています。
クラスター弾に関する条約と武器貿易条約、さらには化学兵器への有効な対策により、殺傷兵器の管理も前進しています。私たちはこの勢いに乗って、核兵器の全面撤廃という最終目標の実現を目指さなければなりません。
「世界人道サミット」により、救援活動をニーズの削減だけでなく、予防やレジリエンスに向けても強化することが可能になりました。
私の初のユース担当特使と、新任の若年雇用担当特使の活動により、私たちはこれまでになく、若者のエネルギーを活用しています。
民間セクターとのパートナーシップは多岐に及んでいます。私たちは企業に対し、社会と世界にとって最善の責任ある慣行を採用するよう働きかけています。
私たちは、21世紀の現状に国連を適応させるための改革という点でも、大きな前進を遂げました。
さらに前進を続けるためには、連帯を新たな水準に高める必要があります。
私たちにとって、自分たち自身が最大の敵となることもあります。加盟国は安全保障理事会改革の進め方に合意していません。そしてこのことが、安保理の実効性と正当性にとってリスクとなり続けています。
同じ思いから、私はきょう、国連の公平性と実効性を確保するために、どうしても必要な重要改革を俎上に載せたいと思います。
私はコンセンサスの名のもとに、一握りの国、さらにはたった1つの国が、幅広い支持を受けた提案の採択を阻む様子を、あまりにも多く目にしてきました。
こうした行動は国の大小を問わず見られます。
安全保障理事会では、必須の行動や優れたアイデアの採択が度々、阻止されてきました。総会でも、予算作成プロセスでも、軍縮会議でも、その他の機関でも、同じことが起きています。
21世紀のこの複雑な現状を前にして、たった1カ国または少数の国々が、このような不当に大きな力を行使し、これほど多くの重要課題について全世界を人質に取ることは、果たして公正といえるのでしょうか。
コンセンサスと全会一致を混同すべきではありません。私たちがこれほど多くの期待と希望を寄せる組織が、果たしてこのような形で機能すべきなのか、という国際世論の疑問は、ごく当然のことといえます。
私は総会議長に対し、後任の事務総長とともに、国連での意思決定の改善に向けた実際的な解決策を探るためのハイレベル・パネルの設置について検討することを提案します。
各国はまた、国連憲章に従い、事務局の独立を尊重せねばなりません。
私たちが報告書で必要な内容を伝える時、加盟国は歴史を書き換えようとすべきではありません。
私たちの人権担当者が最弱者層の利益となるように行動する時、加盟国はその行く手を阻むべきではありません。
私たちの人道要員が、包囲下にある人々に援助を届ける必要に迫られた時、加盟国はすべての障害を取り除くべきです。
そして、私たちの特使や職員が難しい問題を持ち出した時、加盟国はこれを排斥したり、国内からの追放を仄めかしたりすべきではありません。
私たちは全員、自分たちが奉仕する人々に対してオープンに接し、説明責任を負わねばなりません。
最後に、過去10年間を決定づけた変化の象徴が、もうひとつあります。
今では信じがたいことですが、私が事務総長に就任した時、このようなスマートフォンは世に出ていませんでした。
今ではそれがライフラインとなり、そしておそらく場合によっては、私たちの存在を破壊しかねない存在となっています。
それは私たちの生活の一部として、欠かせないものでもあります。
電話やソーシャルメディアは、私の就任時には想像できなかった形で世界をつなげました。確かに、スマートフォンが過激派や扇動グループによって悪用されていることも事実です。しかし、それは新しいコミュニティーと機会が息づく世界も作り出しました。
私にとって、それは世界を変えていく個人の力を改めて見せつける存在です。
結局のところ、人民の力は「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を現代で最も包摂的な開発プロセスとすることに役立ちました。人民の力は、数百万人がリーダーに気候変動対策を講じるよう求める動きも作り出しました。
私はこの10年間、世界の津々浦々で人民の力を目の当たりにしてきました。
そのひとり、私がシエラレオネでお会いした看護師のレベッカ・ジョンソンさんは、エボラに罹りながら回復し、それからすぐに、自らの命を再び危険に晒しながら、地元のコミュニティーを救う活動へと身を投じました。
もうひとり、シリアの十代の水泳選手ユスラ・マルディニさんは、壊れた難民ボートを押して安全な場所にたどり着き、その後選手として、リオ・オリンピックに出場しました。
そしてもちろん、若きマララ・ユサフザイさんは国連を訪れ、1冊の本、そして1本のペンが世界を変えていくことを私たちに実証しました。
理想の世界ははるか地平線の彼方にあるのかもしれません。
しかし、よりよい世界、より安全な世界、より公正な世界は、私たち1人ひとりの中にあるのです。
私は10年を経て、私たちが力を合わせて一緒に取り組めば、その実現は可能であることが分かりました。私は皆様のリーダーシップと決意を頼りにしています。
ありがとうございました。
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