国連総会でのアントニオ・グテーレス事務総長演説 (ニューヨーク、2018年9月25日)
プレスリリース 18-066-J 2018年10月04日
私たちの世界は重度の「信頼欠乏症」にかかっています。
人々が悩みと不安を感じています。
信頼は限界点に差しかかっています。それは国内の制度への信頼、国家間の信頼、そしてルールに基づく世界秩序に対する信頼のいずれにも当てはまります。
各国の国内で、人々は政治的既成勢力への不信感を募らせ、両極化が進み、ポピュリズムが台頭しています。
国家間の協力は不透明かつ困難になってきました。安全保障理事会でも分裂が目立っています。
21世紀の課題が20世紀の制度と思考回路を超える速さで広がる中で、グローバル・ガバナンスに対する信頼も揺らいでいます。
私たちが真のグローバル・ガバナンス体制を整備できたことはありません。完全な民主的体制は言うに及びません。
それでも、私たちは何十年もの間、国際協力の強固な基盤を構築してきました。
私たちは連合国として力を合わせ、私たちが共有する利益を高めるための制度や規範、ルールの構築を図りました。
私たちは数百万人の生活水準を向上させました。そして、紛争の多い場所に平和を作り上げ、そして実際に第3次世界大戦を回避しました。
しかし、そのどれもが当たり前のことではありません。
現在、世界秩序は混迷の度合いを深めています。勢力関係も不透明になってきました。
普遍的な価値は揺らぎ始めています。
民主主義の原則に対する包囲網ができ、法の支配が損なわれています。
リーダーが国内でも国際舞台でも、強引に物事を進める中で、不処罰が広がってきました。
私たちはさまざまな逆説に直面しています。
世界がつながりを深める一方で、社会はますます分断されています。
課題が外へ向かって広がる中で、多くの人々が内向きになっています。
そして今、私たちが最も必要としている多国間主義は、批判にさらされています。
各国代表の方々、皆様、
私たちが多極的世界に向かって歩を進めていることは間違いありません。
しかし、多極性がそれ自体、平和を保障するものでも、グローバルな問題を解決するものでもないことも事実です。
1世紀前、ヨーロッパは多極的な様相を呈していました。勢力の均衡は、対立する国々を十分に抑制できると考えられていました。
そうではありませんでした。ヨーロッパ全域で協力と問題解決を図る強固な多国間枠組みがなかったために、最悪の世界戦争という結果が生じてしまったからです。
勢力の均衡にシフトが見られる現在も、対立の危険性は高まりかねません。
トゥキディデスは、古代ギリシャのペロポネソス戦争を評し、「戦争を不可避にしたのは、アテネの興隆と、これがスパルタに引き起こした恐怖心だったのです」と言いました。
これこそ、政治学者のグレアム・アリソン氏が言う「トゥキディデスの罠」です。
しかし、アリソン氏はその著書『Destined for War(戦争への宿命)』で、過去の対立事例を多く検討したうえで、紛争が避けられないことは決してないと結論づけています。
事実、リーダーたちが戦略的協力と利害対立の管理を決意すれば、戦争を回避し、世界をより安全な道へと導くことは可能なのです。
一人ひとりのリーダーが、それぞれの国民の福祉を向上させる義務を負っています。
しかし、そこにはもっと深い意味があります。私たちはともに、共通の利益の保護者として、多国間システムの改革、活性化、そして強化を促進・支援する義務も担っているからです。
私たちは、国連を中心としながら、国連憲章を体現するさまざまな制度や条約から成るルールに基づく秩序を守り抜く必要があります。
また、平和を実現し、人権を擁護し、あらゆる場所の女性と男性に経済的、社会的前進をもたらすことにより、国際協力の付加価値を立証する必要もあります。
私はこうした理由から、「われら人民」のニーズと期待にさらに実効的に応えられるよう、国連の改革に全力を尽くしています。
人間と地球の存在に関わる巨大な脅威と、共有の豊かさを実現するための絶好のチャンスがともに訪れている現在、共通の利益を目指す良識的ある集団行動以外に、前進の道はありません。
そうすることで、私たちは信頼を再び構築できるのです。
各国代表の皆様、
私は昨年の演説で、7つの課題を明らかにしました。悲しいことに、1年後の今も、それらは解決されていません。
シリアやイエメンをはじめ各地で、私たちが戦争に終止符を打てないことに対する怒りが激しくなっています。
ロヒンギャの人々は、トラウマとみじめさの中で難民生活を続けながら、依然として安全と正義を求めています。
パレスチナとイスラエルは終わりのない紛争で身動きが取れず、2国家共存による解決はますます遠のいています。
急進化と暴力的過激主義を根本的原因としながら、テロの脅威は不気味に迫っています。しかも、テロリズムはこれまで以上に、国際組織犯罪、人身取引、薬物や兵器の密売、腐敗との相互関連性を強めています。
核の危険は弱まらず、不拡散は深刻な危機に瀕しています。核保有国はその兵器を近代化しています。新たな軍拡競争が誘発され、兵器使用の敷居も低くなるおそれさえあります。
化学兵器は禁止されているにもかかわらず、その常軌を逸した使用は不処罰のまま続き、危険な生物兵器に対する保護もまったく十分ではありません。
不平等は社会契約への信頼を損ない、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に対する明らかな障害となっています。貿易をめぐる緊張状態も高まりつつあります。
移民や難民は、国際協力が明らかに不十分な中で、相変わらず差別と民衆扇動にさらされています。
また、世界人権宣言採択70周年に当たる今年、人権問題に対する関心は後退し、権威主義が台頭してきています。
悲観主義の政治が広まる中で、私たちは自己充足的予言を警戒しなければなりません。
隣国を危険視する人々は、火のないところに煙を立てかねません。
正規の移住に対して国境を閉ざせば、人身取引を助長するだけです。
テロ対策で人権を無視する人々は、自分たちがまさに終止符を打とうとしている過激主義を広めてしまう傾向にあります。
このような動向を逆転させ、このような課題を解決することは、私たちに共通の義務と言えます。
私たちは恐怖ではなく事実、錯覚ではなく理性に基づき前進する必要があります。
私たちのあらゆる取り組みの中心に、予防を据えなければなりません。
今次国連総会はまさに、前進を図る実質的な機会です。
一例として、私の「PKOのための行動(Action for Peacekeeping: A4P)」イニシアティブには、大きな支持が集まりました。私は、148の国と組織がこれに支持を表明したことを歓迎します。このイニシアティブは、現在の長引く不安定な紛争状況下で、私たちのミッションの成功に資することをねらいとしています。
しかし、私はきょう、昨年から特に緊急性を帯びてきた現代を象徴する2つの課題、すなわち気候変動とテクノロジーの進歩に伴う新たなリスクに、お話を絞りたいと思います。
では、これらについて順番に考えてみましょう。
皆様、
第1に、気候変動という、まさに私たちの存在をおびやかす脅威です。
私たちは重要な瞬間を迎えています。
今後2年のうちに私たちが進路を変えない限り、気候変動は野放しで進む恐れがあります。
気候変動は、私たちの対策よりも速く進んでおり、そのスピードは衝撃波となって、全世界にSOSを発信しています。
世界気象機関(IOM)によると、最近の20年のうち18年は、1850年に記録が始まって以来、最も暖かい年に含まれています。
今年は初めて、グリーンランド北部の永久海氷に亀裂が入りました。
大気中の二酸化炭素濃度は300万年ぶりの高水準に達し、しかもさらに上昇しています。
さらに悪いことに、世界のリーダーの共同体である私たちは、十分な取り組みを行っていません。私たちは地球上の最も優秀な科学者たちの声に耳を傾けなければなりません。そして、自分たちの目の前でまさに起きていることに目を向けなければなりません。
私たちには、より大きな野心とより大きな切迫感が必要です。
私たちはパリ協定の履行を保証しなければなりません。
パリ協定には、私たちを正しい道へと導く大きな潜在的可能性がありますが、気候変動の最悪の影響を避けるための最低限の水準を示すそのターゲットは、まったく達成の目処が立っていません。
私は、実施ガイドラインの採択に向けた最近のバンコクでの交渉が、十分な進展を見ずに終了したことを憂慮しています。
12月にポーランドで開催される次回の締約国会議(COP 24)は、極めて重要な瞬間となるでしょう。これを成功させねばなりません。先日も申し上げたとおり、私たちはカトヴィツェ会議が、コペンハーゲン会議を麻痺させた加盟国間の不和を改めて映し出すものとなることを許してはならないのです。
テクノロジーが私たちの味方であることは、よいニュースだと言えます。
クリーンエネルギーの価格は、これまで以上に手ごろになり、競争力を増しています。
私たちが正しい道を追求すれば、気候変動対策は2030年までに、グローバル経済に26兆ドルの利益をもたらす可能性もあります。
グリーン経済政策は、2,400万人に新規雇用を生む可能性があります。
グリーンビジネスが事業として立派に成立することを認める企業と投資家は、ますます増えています。
気候変動対策は、経済にとって根本的な脅威となるどころか、新しい産業や新しい市場を生み、雇用を増やし、化石燃料への依存度を低下させています。
本当の危険は、対策を取ることで自国経済に及ぶ脅威ではありません。それは、対策を取らないことで自国経済に及ぶリスクなのです。
各国政府には勇気と知恵が必要です。
そのためには、化石燃料に対する数兆ドルの補助金に終止符を打たねばなりません。
また、適切な炭素価格を設定することも必要です。
さらに、今後数十年間にわたって悪い習慣を放置することになる持続不可能なインフラへの投資も止めなければなりません。
そこには、私たちの未来がかかっています。気候変動はあらゆるものに影響し、しかもあらゆるものを損なうおそれがあるため、誰も無傷でいることはできません。地球温暖化を食い止め、摂氏2度を大幅に下回る水準に気温上昇を抑えることは、グローバルな繁栄と各国の安全に欠かせません。
私が来年9月、行動と資金の動員のために気候サミットの招集を予定している理由もそこにあります。私たちは国々と諸都市、実体経済と現実の政治、ビジネス、金融および市民社会を結集させ、問題の核心に集中的に取り組むつもりです。
気候サミットは、各国がパリ協定に基づき、それぞれの気候変動対策の強化を義務づけられるちょうど1年前に開催されます。
そのためには、野心の水準を大幅に高める他に手はありません。気候サミットは、リーダーとパートナーがその野心を明らかにする機会となることでしょう。
これを可能にするために、私たちはきょうから行動を起こさねばなりません。
世界は皆様が気候の擁護者となることを望んでいるのです。
各国代表の方々、皆様、
それでは、新しいテクノロジーと、その将来性を維持しながら、その危険性を抑えるため、私たちに何ができるのか、という問題に移りましょう。
そこには大きな将来性があります。科学の進歩は、死に至る病を治し、増大する人口に見合う食料を確保し、経済成長を推進し、全世界の企業やコミュニティー、家族、友人をつなげることに貢献してきました。
人工知能(AI)やブロックチェーン、バイオテクノロジーなど、急速な発展を遂げる分野は、SDGsの達成に向けた前進を一気に加速できる可能性を秘めています。
AIは、異なる言葉を話す人々をつなげ、医師による診断の改善を後押ししています。自動運転車は、輸送に革命をもたらすことになるでしょう。
しかし、そこにはリスクや深刻な危険も潜んでいます。
若年求職者の数が増え続ける中で、従来の仕事を変化させたり、消し去ったりすることで、テクノロジーの進歩は労働市場に混乱をもたらすおそれがあります。これまで想像もできなかったような規模で、再訓練が必要となるでしょう。教育も最初の学年から、これに適応しなければなりません。また、仕事の性質自体も変化することになります。各国政府は社会的セーフティーネットの強化のほか、最終的には普遍的ベーシック・インカムの導入を検討せざるを得なくなるかもしれません。
同時に、テクノロジーはテロリストによって、また、性的な搾取や虐待を目的に、悪用されています。
組織的犯罪ネットワークは、ダークウェブに潜み、暗号化やほぼ匿名に近い仮想通貨支払を活用し、人身取引や不法な物品の密売を行っています。
いくつかの報告によると、サイバー犯罪によって現在、毎年1.5兆米ドルがサイバー犯罪者の懐に転がり込んでいるものと見られます。
虚偽情報を広めるキャンペーンなど、サイバー空間での不正行為は、コミュニティーを両極化させ、国家間の信頼を損なっています。
そして、ますます多くの人々が、ニュースサイトやソーシャルメディアから、自分たちの意見を反映する情報を寄せ集めて独断的な考えを強め、自分たちこそが正義であり、反対する者はすべて悪であるという主張を展開しています。
デジタル革命もまた、女性を差別し、私たちの男性中心の文化をさらに強めるために利用されています。
事実、デジタル技術へのアクセスには大きなジェンダー格差があり、これがデジタル・ディバイドをさらに広げています。
私たちは障害を取り払い、女性のための機会を創出し、平等を確保し、オンラインの有害な企業文化を変えていかねばなりません。技術部門はその門戸を開放し、多様性を高めなければなりません。それは何よりも、自分たちの利益になるからです。
テクノロジーの進歩に制度の整備が追い付かない中で、加盟国や民間セクター、研究拠点、市民社会、学界など、国家間とステークホルダー間の協力が不可欠となるでしょう。
デジタルの課題には、相互に利益をもたらす解決策が多くあります。私たちは、これを適用できる方法を早急に見出す必要があります。
私たち国連は、持続可能な開発目標(SDGs)の達成支援にテクノロジーを活用しています。私たちは、私自身のオフィスを含め、各所にイノベーション・ラボを創設しています。そして今年7月、私は「デジタル協力に関するハイレベル・パネル」を設置しました。昨日も会合を開いたこのパネルは、すべての重要な主体が対話するプラットフォームとなっています。
各国代表の皆様、
新たなテクノロジーが戦争に及ぼす影響は、平和と安全を保障するという私たちに共通の責任に対する直接的な脅威となります。
AIの兵器化に対する懸念は高まっています。
自らの判断で標的を選別し、攻撃できる武器が開発される見通しは、多くの不安を引き起こしており、それによって実際に新たな軍拡競争が起きるおそれもあります。
武器の監視が効かなくなれば、脅威を抑え、激化を防ぎ、国際人道・人権法を遵守しようとする私たちの取り組みに影響します。
物事はありのままに捉えなければなりません。人命を奪う裁量権と力を持つ機械は、考えただけでも道徳的に嫌悪感を引き起こすものだからです。
あってはならないことですが、新たな戦争が起きるとすれば、そこには軍事能力だけでなく、不可欠な民生インフラに対する攻撃も含まれる可能性が十分にあります。
私は先月、自立型致死兵器システムに関する政府専門家グループがジュネーブで策定した10項目の指導方針案に勇気づけられました。
新たなテクノロジーの責任ある利用を確保するためには、国家間と国内で信頼を構築することをねらいとして、このような問題に関する作業をさらに進める必要があるでしょう。
私は皆様に対し、こうした重大問題にグローバルな関心を引きつけ、すべての人にとって安全かつ有用なデジタルの未来を作るためのプラットフォームとして、国連を活用するよう要請します。
各国代表の皆様、
私たちの世界には混沌と混乱が広がっているものの、希望の風も至る所で感じられます。
ほんの数日前、私はサウジアラビアで、エチオピアとエリトリアの歴史的和平合意への署名に立ち会いました。
その直後、ジブチとエリトリアの大統領はジッダで会談し、和平プロセスの立ち上げに合意しました。
エリトリアとソマリアは外交関係を樹立しています。
この地域では、政府間開発機構(IGAD)サミットとの関連で、南スーダンで対立する2人のリーダーがついに、和平協定に署名しました。
私は、こうした努力が引き続き実を結び、アフリカの角地域の人々がようやく戦争と紛争の歴史に終止符を打てるようになるものと期待しています。
米国と朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)のリーダーによるシンガポール・サミットという勇気ある決断は、最近の平壌での南北朝鮮首脳会談とともに、地域的安全保障という文脈で、朝鮮半島の全面的かつ検証可能な非核化の可能性に対する期待を生んでいます。
私は最近のコロンビア訪問で、人々の平和に対する強い決意に感銘を受けました。ドゥケ大統領もその決意を改めて確認しています。
中央アジアで私は、ウズベキスタンの平和的な政権移行を受け、各国間の協力が強化される様子を目の当たりにしました。
ギリシャとマケドニア旧ユーゴスラビア共和国は、その対立の解消に向けて大きな一歩を踏み出しました。
リベリアで展開されていた国連平和維持ミッションは、同国初の平和的な民主化移行を受けて、15年間に及ぶ活動の幕を閉じ、西アフリカでもう1つの平和維持の成功例が誕生しました。
移民の権利の全面的尊重と、国家の正当な利益を両立させるためには、まだ長い道のりが必要だとしても、難民と移住に関するグローバル・コンパクトがそれぞれ承認されたことは、希望の兆しであると言えます。
過去30年間で、数億人が極度の貧困を脱出しています。そして私たちは、この2年間で4カ国を襲いかねなかった飢饉を回避することにも成功しました。
また今年前半には、アルメニアの若者たちが国内の平和的な政権移行で中心的な役割を果たし、若者がその声を使って、民主主義を前進させる能力を秘めていることを立証しました。
そして、暴力や嫌がらせ、搾取から賃金の不平等、意思決定における排除に至るまで、女性と女児に対する差別の広がりに対する認識が高まる中で、ジェンダーの平等を求める運動も勢いを得ています。
国連は先頭に立って、ジェンダーの平等を進めなければなりません。私たちのシニア・マネージメント・グループと、世界各地で国別チームを率いる常駐調整官は国連史上初めて、完全な男女同数を達成しました。私たちは、あらゆる場所での平等とエンパワーメントの達成を堅く決意しています。
各国代表の方々、皆様、
コフィー・アナン元国連事務総長はかつて、私たちに次のように念を押しました。
「私たちは運命共同体です。私たちがともに運命に立ち向かわない限り、これを克服することはできません。友人の皆さん、それこそまさに国連が存在する理由なのです」
私たちの未来は、連帯にかかっています。
私たちは、崩れた信頼を立て直さねばなりません。
私たちの多国間プロジェクトを再び活性化しなければなりません。
そして、一人ひとり、すべての人々の尊厳を守らねばならないのです。
ありがとうございました。
* *** *
原文(Trilingual/English)はこちらをご覧ください。