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潘基文国連事務総長、東大タウンホールミーティングで講演(東京、2009年7月1日)

2009年07月01日

田中副学長、小島副学長、北岡教授、そして高須大使、ありがとうございます。

学生の皆さん、こんにちは。

日本だけでなく、全世界から見ても由緒ある、きわめて優秀な大学の皆さんにお会いでき、大変うれしく思います。私個人としても、将来のトップリーダーとなられる皆さんとお話しできることは、大きな名誉です。東京大学はグローバルな勉学、研究、そして交流の拠点として、世界的に認められているからです。

私はさまざまな意味で、皆さんに親近感を持っています。小島、田中両副学長からもご紹介があったとおり、東京大学は2007年度「UTフォーラム」で、私の母校であるソウル国立大学と交流されました。これは極めて重要かつ密接な協力関係といえます。事実、ソウル国立大学には、皆さんを仲間としてだけではなく、ライバルとして考えている学生も多くいます。競争の目安となる良きライバルを持てるということは、望ましいと同時に、時には必要なことでもあります。

また、東大のカラーである淡青は、国連の色でもあります。ですから、ここは私が親しみを感じられる場所なのです。

皆さんとお話しする時間を取っておきたいので、すぐに本題に入らせていただきます。しかしその前に、私の前任者であるコフィー・アナン事務総長が2週間ほど前、こちらを訪れたとお聞きしていますので、現職と前任の事務総長がほぼ同じ問題についてお話しすることも、きわめて妥当かつ適切なことといえましょう。私はアナン氏のアジェンダの多くを採用させていただきました。それは国際社会にとっての課題であると同時に、日本の課題でもあります。本題に入る前に、私はこの機会を利用して、皆さんが国連の最重要加盟国であることを誇りに思うべきだということをお話ししたいと思います。多くの重要な理想や目標、プロジェクトについて、国連が日本の政府と国民の積極的な参加と寛大な貢献なしに何かを成し遂げることなど、ほとんど考えられません。まず、平和と安全の分野を見ても、すぐれた日本人が男女を問わず、全世界で平和維持要員として活躍しています。開発の分野でも、日本は本当に支援の必要な人々に対し、もっとも寛大な援助を提供しています。さらに人権の分野では、全世界で人権の堅持、推進、保護を積極的に進めています。まさに国連加盟国のお手本ともいえるでしょう。ですから、日本政府との定期的な接触と対話は、私の職務遂行にとってきわめて重要なのです。

学生の皆さん、私はまず、私たち全員が試練の時を迎えているということを申し上げたいと思います。この類なき時代に私たちは暮らし、皆さんは学ばれているのです。私たちは多くの危機を抱えています。金融危機は私たちの暮らしのあらゆる側面に影響しています。これに先立ち、エネルギー危機や食糧危機も起きました。また、その以前から、私たちは気候変動にも直面しています。もちろん、皆さんは貧困危機の最中にはありませんが、極度の貧困に苦しむ人々は20億人以上にも達しています。1日わずか1ドル以下で暮らす人々も少なくとも10億人います。このことからも、状況がどれだけ深刻かはおわかりでしょう。

こうした危機の中には、私たちがもう数世代も経験していないものさえあります。しかし今、これらはすべて同時に私たちの肩に降りかかり、深刻な問題となっています。

日本は先頭に立ち、また中心になって、これら課題に取り組んできました。日本の方々は寛大な資金提供者であるだけでなく、軍縮やアフリカ開発、環境に配慮した技術、世界的な貧困削減など、多種多様な課題に多くのアイデアを提供し、斬新な取り組みを繰り広げています。日本のリーダーシップは国際社会に欠かせません。私がきょう、ここにお邪魔した理由もそこにあります。皆さんが日本の次世代を担う指導者であり、思想家であり、行動者であることに間違いはありません。

では、皆さんの声や影響力がどのような分野で特に重要なのか、簡単にお話しいたします。今の時代に自分たちの声も影響力も届くはずがないとお考えの方もいらっしゃるでしょうが、皆さんにこうした課題への取り組みを推進していく力があるのだということを、是非おわかりいただきたいと思います。

第1の分野は気候変動です。それは私たち全員にとって、人類全体はおろか、地球という惑星全体に影響する最大の課題の一つです。温室効果ガスの排出量は増加の一途をたどるまま、残された時間はどんどん少なくなっています。事実、私たちに時間的余裕などほとんどありません。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)には、世界で著名な科学者約2,500人が加わり、気候変動に関する評価報告書を発表しています。2007年11月の最新評価報告書では、気候変動が予想よりもはるかに速いスピードで進んでいることが明らかにされました。この気候変動、すなわち地球温暖化は、人為的要因によって引き起こされています。自然現象ではありません。それは人間の行動によって生じた現象です。ですから、私たち自身が行動パターンを変え、技術革新を進め、より多くの資金を供与、投資することで、まず変化を遂げる必要があります。環境にやさしい経済、環境にやさしい成長、そしてさらに環境に配慮した技術への投資を増やさねばなりません。今こそその時です。私がこうして近い将来、指導者となる皆さんに語りかけているのも、そのためです。

私はこの遺産とその責任を、そのまま皆さんの世代に引き継がせようというのではありません。私はこの問題について、全世界の指導者と話し合っています。ほんの2年半前まで、気候変動について語ることのできる指導者は一握りにすぎませんでした。今では100人を超える全世界でほとんどの指導者が、これについて話し合っています。気候変動は指導者にとっての課題となったのです。ですから、指導者が一丸となって、政治的な意志を実証すれば、気候変動対策も大きく進展するはずです。その責任を皆さんのような将来の世代に任せようなどとは思っていません。私が失敗すれば、そして皆さんの総理大臣や閣僚が失敗すれば、その責任は皆さんにのしかかり、皆さんは私たちを責めることになるでしょう。

私はこの点で、東大サスティナブル・キャンパス・プロジェクトの発足に注目し、これをお祝いしたいと思います。皆さんは大胆な削減目標を設定されました。それは日本政府の目標のさらに先を行くものです。2030年までに50%の削減という目標は、称賛に値します。私は皆さんが省エネ機器に投資し、エネルギー効率の高い設備への切り替えを進められていることを承知しています。学内20万個の照明のうち80%が省エネ型に切り替えられ、残りの20%も交換されたと聞いています。世界は皆さんをお手本とすべきです。

1997年に京都議定書の採択に至った画期的会議の開催国となったのも、もちろん日本でした。この小さなキャンパスで行われていることに、大きな意味はないと考える向きもあるでしょうが、各家庭で一人ひとりがこのように行動パターンを変えていくことこそ、大きな貢献につながるのです。政府指導者は政策を立案し、これを推進していくことができます。また、ビジネスリーダーは政策立案者を動かすことができます。そして皆さんも、政策立案者を動かすことができます。議員を動かすだけでなく、議員を通じてビジネスリーダーも動かすことができます。総理大臣や閣僚でさえ動かすことができるのです。私たちは今年また、歴史的な偉業を成し遂げることができます。経済の仕組みを変え、環境にやさしい成長と環境にやさしい雇用を生み出すのです。全世界の政府指導者と交渉担当者は12月、コペンハーゲンに参集します。日本を含む多くの国々は、温室効果ガス削減に向けた中期目標を発表しています。

私は日本をはじめとする先進国に対し、気候変動が提起する課題への効果的な対応を先頭に立って進めるよう、一層の取り組みを望んでいます。先進国には歴史上、その産業やビジネス、行動を通じ、気候変動を助長したという特別な責任があります。現在の地球温暖化現象を助長した人為的要因とは、まさに先進国のことです。開発途上国ではありません。ですから、皆さんには歴史的な責任があるのです。皮肉なことに、地球温暖化現象は今、国境や先進国、途上国の別に関係なく、全世界のあらゆる国々に影響を及ぼしています。それゆえに、日本を含む先進国が開発途上国より重い責任を負うのは倫理的に望ましいばかりでなく、倫理的な義務ともいえます。ですから、私は皆さんに対し、コペンハーゲンで各国政府が、包括的でグローバル、かつ公平に話をまとめられるよう、できる限りの力をお貸しいただくようお願いします。京都議定書は素晴らしい取り決めでしたが、現在の科学者の警鐘ほど大胆なものではありませんでした。しかも、多くの大国が京都議定書を批准していないという点で、包括性にも欠けていました。

皆さん、私はその他いくつかの問題についても触れたいと思います。まず、核拡散防止という継続的な課題に取り組まなければなりません。特にこの分野で不穏な動きがあることは、皆さんもご承知のとおりです。それは朝鮮民主主義人民共和国(DPRK)の情勢です。ご存じのとおり、安全保障理事会は最近、DPRKの核実験を強く非難する決議を採択しました。私は改めて、あらゆる見解の相違は平和的手段と対話を通じて取り組み、解決すべきだという信念を明らかにしたいと思います。と同時に、朝鮮半島の非核化に向けて、あらゆる努力を惜しまないこともお約束します。私はこの点で、国際社会による努力を結集しようという日本政府の取り組みを高く評価したいと思います。安全保障理事会と国連はそろって、DPRKに断固とした態度を示すメッセージを送っています。

しかし、この決議に全面的に協力し、従うべきなのはDPRKだけではありません。確かに、この決議にまず全面的に従わねばならないのはDPRKですが、それと同時に、国連の全加盟国が協力することで、この決議が効果を上げ、実質的に履行されるようにせねばなりません。

皮肉なことに、DPRKによる核実験や短距離・中距離ミサイル発射実験という事件が起きる中でも、こうした国際社会による取り組みは進んでいます。最近は心強い事態の展開も見られます。オバマ大統領による取り組みを、ロシア連邦のメドヴェージェフ大統領が支持したからです。両大統領は核軍縮交渉に取りかかりました。軍縮会議では12年ぶりに作業計画が採択されています。議題の合意は単なる手続き事項にすぎませんが、これに12年もの歳月が費やされたのです。このことからも、国際社会による核軍縮という公約実現にどれだけの遅れが生じているかがわかります。もっとも心強い動きとして、核分裂性物質の削減に関する交渉開始の合意成立があげられます。これは実に10年ぶりの新展開です。日本は世界で唯一、核兵器の犠牲になった国として、この問題に関する独自の視点を備えています。核不拡散条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT)をはじめ、日本はすべての重要な核軍縮合意を先頭に立って推進してきました。最近も日本とオーストラリアは、核不拡散と核軍縮に関し、国際的な一大潮流を巻き起こしました。これはもちろん、地域の平和と安全という、より幅広いテーマにも関連しています。今日の世界では、地域的な脅威が全世界的な課題となるからです。私は最近アフガニスタンとパキスタンの情勢に関する話し合いを終えたばかりです。平和と安全、そして人権に対する脅威がどこで生じようとも、私たちはそろって同じ交渉のテーブルにつかなくてはなりません。日本の継続的なリーダーシップと安定した支援は欠かせません。

最後に、経済・金融危機について触れたいと思います。今回の危機は全世界各地に波及していますが、実質的な影響は数年間も続きかねません。特に就職を控えた皆さんにとって、ここ日本での状況を語る必要はないでしょう。皆さんは困難な状況の中で就職活動をされています。状況はがらりと変わってしまいました。

全世界を見ると、新たに数百万の世帯が貧困に追いやられています。今年だけでも5,000万人の職が失われるおそれがあります。

私たちには連帯が必要です。そのために必要なのが国連です。

私は訪日に先立ち、麻生太郎総理大臣を含むG20の指導者全員に書簡を送り、私たちの決意を新たにするための具体的な公約と具体的な行動をお願いしました。

危機はもっとも貧しい国々、もっとも貧しい人々、そしてもっとも弱い立場にある人々を直撃しています。その意味で、私たちには世界的な連帯が必要です。昨今の世界的な経済危機や気候変動、食糧安全保障に取り組む金銭的能力も、技術的能力もまったく持たない弱者を助けない限り、私たちは豊かな世界に暮らしているとは決していえません。私はこの理由から、ミレニアム開発目標(MDGs)の達成に関してG8指導者が行った約束を果たすことの重要性を強調したのです。

このミレニアム開発目標(MDGs)に向けた前進は、人々がどこに暮らしているかによって大きく異なっています。サハラ以南アフリカの国々を見ると、目標達成のめどが立っている国はまったくありません。皆さんが暮らしているアジアの中でも西アジアでは、進展の大きな遅れが報告されています。同じ状況はラテンアメリカの数カ国でも見られます。ですから私たちは、2015年までにこうした目標を達成できるよう、協力してゆかねばなりません。残された期間はわずか6年です。私は来年9月、過去10年間の成果と今後5年間に残された課題を取りまとめるため、国連でサミットを開催する予定です。そこでは、自作農に対する農業生産性向上支援、初等教育全面普及を達成するための資金供与、保健と妊産婦の健康に対する投資、そして、よりクリーンなエネルギーと環境にやさしい雇用を推進する開発途上国への支援が話し合われることでしょう。

これは慈善でも贅沢でもありません。開発上の義務なのです。それはまた、道徳上、政治上の義務でもあります。そして、世界的協調による復興計画の中心的要素ともいえます。

こうした危機、こうした試練はいずれも、多国間主義の再生を求めています。

そして、多国間主義の再生には国連の再生が必要です。私は就任当初から、これを公約に掲げてきました。

では、なぜ多国間主義の再生を掲げるのでしょうか。それは、今回のような複合的危機に見舞われた場合、どれほど強く、豊かな国であろうとも、単独で対処することはできないからです。世界第2位の経済大国である日本も、その例外ではありません。国連も独力では対応できません。国際社会を構成するすべての国々が、資源を持ち寄り、知恵を出し合わねばならないのです。何よりもまず、私たちは連帯しなければなりません。そして取り組みを調整せねばなりません。60年前という何世代も前に作られた多国間機構には、その責任、代表性、そして実効性の強化が必要です。さらに私たちは、資源をよりよく管理し、これを重点的に投入しなければなりません。

私が財政規律の維持に努めているのはこのためです。私は国連事務総長として、加盟国からの拠出金を1ドル、1円たりとも無駄にしない責任を負うこと、そして、国連がその目的と原則にしたがって拠出金を使うことを明言してきました。私が強調する財政規律とは、このことです。私はまた、国連幹部との間で管理協約を結び、国連を幅広く統括する倫理担当部署も設置しました。現在は契約の合理化により、職員の流動性を高めているところです。

国連外部の方々にはいささか理解しにくいかとは思いますが、よりよい世界を実現できるよう、国連を強化するためには、この種の基本的な改革が必要なのです。

最後に、私はこうして皆さんの姿を拝見して、ある具体的なことが必要だと感じました。私は皆さんと同じ地域の韓国から来ました。私はこの地域に、ある倫理感が深く根づいていると信じています。それは、自分たちの周りのことだけでなく、広く世界全体を見渡すというビジョンです。私たちは何か大きなものによって結びついているのだという、深い理解がそこにあります。私たちは事実、国際社会のメンバーとして結びついています。すべての課題は相互に関連しあっているのです。

ですから皆さんには、これから社会に出た後も国連のあらゆる活動を理解し、私たちの仲間に加わっていただけるようお願いしたいと思います。

私は国連の活動に対する評価の低さ、そして理解のなさに、がっかりすることがあります。

これから国連、そして国際社会全体を導いていくことになる若い世代の方々に、より多くを理解、評価していただくことが必要なのです。

私がこのように申し上げるのは、公務に勝る崇高な使命も善行も存在しえないからです。

国連に加わっていただいても、NGOに加わっていただいても構いません。他の財団や、さらには国家公務員になるという道もあるでしょう。

今のような特別な時代には、変革に向けた特別な機会も開けます。

私は今だからこそ、皆さんが将来の世界のために何ができるか、じっくりと考えられるのだと信じています。

私たちが現在の試練に立ち向かい、よりよい世界を作ってゆけるよう、ぜひ力を貸してください。

私は皆さんの優れた洞察力にも期待しています。今いるところを越えて、日本の外を見てください。そして世界に目を向けてください。

どうもありがとうございました。