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潘基文(パン・ギムン)事務総長の歴訪で振り返る激動の2011年 (その⑤・最終回)

2011年12月22日

2011年、世界は激動しました。アラブに押し寄せた民主化の波、東日本を襲った大震災、アフリカの角で発生した大飢饉、世界人口の70億人突破。潘基文(パン・ギムン)事務総長の歴訪から、この1年を振り返ります。(*なお、本文中の肩書きは訪問当時のものです)

スイス
~氷河の減少にみる気候変動、「アラブの春」の若きリーダーたち

◇10月16日-18日

スイス・ベルンを訪れた潘基文(パン・ギムン)事務総長。まず、ヘリコプターから気候変動の影響で減少するスイス氷河を観測しました。その後のカルミレイ大統領との会談では、気候変動、持続可能な開発、そして南アフリカ・ダーバンで11月末から始まる国連気候変動枠組み条約第17回締約国会議(COP17)の重要性などについて意見交換をしました。

続いてジュネーブで、「アラブの春」において各々活躍したエジプト、リビア、シリア、チュニジア、そしてイエメンの5人の若者たちに会いました。持続可能で民主的な統治への移行に向け熱意を語ると共に、国連がいかにその過程で支援していくか、意見を交わしました。また若きリーダーたちの貢献を称え、今後もその政治的な志を持ち続けるよう激励しました。

世界130国から1,200名の国会議員が参加した列国議会同盟(IPU)の第125会総会開会式の演説に立った事務総長。主要経済国は世界経済の安定化に責任があるとし、国内経済の刺激策を行うと同時に開発途上国の窮状に目を向けるべきだと強調しました。さらに、議会を含め、あらゆる面において女性の参加の必要を強く訴えました。

リビア、フランス・カンヌへ
~パレスチナがユネスコ加入、キプロス問題には進展

◇11月2日 リビア

世界の歴訪を続ける潘事務総長の一年も、残り2カ月となりました。11月初めには、総会議長のアルナセル氏と共に、リビアの首都トリポリを予告なしに訪れました。8月に政権が崩壊、10月にカダフィ大佐が死亡したリビアでは、暫定政権の発足が待ち望まれていました。国民評議会(NTC)議長のアブドルジャリル氏との会談で、事務総長は民主的な政権への移行に対して世界が強力に支援を表明しており、国連も国連リビア支援団(UNSMIL)などを通じてあらゆる面で協力することを伝えました。

11月22日、キーブ首相のもとで待望の暫定政権が発足したリビア。今後は国民議会選挙が行われ、憲法草案、国民投票の後に正式政府が発足する予定です。

◇11月2日-4日 フランス・カンヌ

リビアからフランス・カンヌに移動した事務総長は、G20カンヌ・サミットに出席しました。ギリシャの債務危機を発端に、欧州では今年、スペイン、イタリアへと信用不安が広がりました。世界的な経済危機に発展する恐れが高まるなか、事務総長はG20のリーダーたちに対し、「このような時こそ、最も脆弱な人々のことを見過ごしてはならない。過去の国際公約を思い起こしてほしい。2009年のG20ロンドン・サミットでも要請したように、国際社会の結束した行動を求める」と呼びかけました。そしてミレニアム開発目標(MDGs)、持続可能な開発に触れ、長期的な問題解決に向けた各国のさらなる努力を促しました。

G20の機会に各国代表と会談した事務総長。アラブ首長国連邦のアブダッラー外相との会談では、中東和平プロセス、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)のパレスチナ正式加盟の承認などについて協議し、「今こそ全ての関係者が、自制心をもって対応する時」としました。また、依然として政府による市民弾圧が続くシリア、イエメンの情勢にも触れ、危機打開に向けアラブ諸国の力を求めました。

一方、トルコのエルドアン首相との会談では、キプロス問題の進展について触れました。10月末、ニューヨークで事務総長出席のもと、ギリシャ系住民およびトルコ系住民のリーダーがキプロス島再統合に向け協議し、問題解決に向けていくつかの進展が見られました。ただ最終的な同意に至るまでにはまだ努力が必要だとし、2012年1月に再度、事務総長が出席し、両リーダーが交渉の席に着くこととなりました。

東南アジア3カ国へ
~世界人口70億人突破、女性と子どもの健康改善を

◇11月13日-16日 バングラディシュ

続いてバングラディシュ、タイ、インドネシアの東南アジア3カ国を巡ります。まずバングラディシュの首都ダッカに入った事務総長は、外相や女性・児童相らとの会談後、気候脆弱性フォーラムに出席しました。事務総長はオープニングで演説し、バングラディシュがこれまでに成し遂げてきた経済成長、政治的安定への努力を称え、また一丸となってミレニアム開発目標(MDGs)の達成に取り組んでいる点は多くの国が見習うべきことだと述べました。

また10月31日に世界人口が70億人を突破したことに触れ、「これを喜びとするか懸念とするかは、すべての人にとって世界をより良い場所にすることができるかどうか、それ次第です」と述べ、気候変動、食糧危機、エネルギー不足などの問題に対し、世界のすべての人々が持続可能な方法で取り組むことを訴えました。

ダッカに戻りハシナ首相をはじめ政府関係者と会談した事務総長。翌日はヘリコプターで東北部の地域診療所を訪れ、農村部の女性たちが医療にアクセスできることの重要性を訴えました。また「女性と子どもの健康の実現に向けたグローバル戦略(Every Woman Every Child)」を支援する民間セクターとの夕食会では、MDGsの達成に向け、大きく出遅れているのがこの女性と子どもの健康であると訴えました。

◇11月16日-17日 タイ

続いて大洪水に見舞われたタイを訪れました。7月に始まった洪水は、タイ中部を中心に首都バンコクの一部にも及びました。事務総長はヘリコプターから被害の状況を視察し、避難所を訪れて遺族に追悼の意を表しました。またタイ初の女性首相となったインラック首相と会談し、復興に向けて、国連はタイ政府を支援していくと述べました。

◇11月17日-20日 インドネシア

インドネシア、ボルネオ島の中央カリマンタン州に到着した事務総長は、まず地域のマラリア治療、妊婦管理を専門とする診療所に立ち寄り、患者や医療従事者と言葉を交わしました。

その後、東南アジア諸国連合(ASEAN)・国連サミットに参加するためバリ島に到着。初めに出席したビジネス投資サミットでは、企業のリーダーたちに、女性と子どもの健康改善に向けさらなる努力の必要性を訴えました。また、19日には第4回ASEAN・国連サミットで共同宣言を行い、ASEANと国連の全面的な協力関係を約束しました。

韓国、ドイツ、南アフリカ・ダーバンへ
~COP17、気候変動に対する新たな枠組み、そしてソマリア電撃訪問

◇11月29日-12月1日 韓国

韓国第二の都市プサンに入り、第4回援助効果向上に関するハイレベルフォーラムに出席しました。冒頭の演説で事務総長は、結束した取り組みが必要とされている今、途上国に対する援助が細分化されていることを指摘し、改善が必要だとしました。また、世界的な経済危機の中、多くの国が予算の削減を迫られ、政府開発援助(ODA)の減額により、結果として途上国を苦しめることになると指摘。新興国に対し、より積極的な援助への参加を訴えるとともに、受け取る側には透明性を持って戦略的な計画を立てる必要を述べました。

◇12月4日-5日 ドイツ・ボン

ドイツ・ボンではドイツ政府主催によるアフガニスタン支援に関する国際会議に出席。今年7月、国際治安支援部隊(ISAF)からアフガニスタン政府へ行政の権限移譲プロセスが始まり、アフガニスタンは自立に向けた一歩を踏み出しています。会議には、100以上の国と国際機関が出席し、アフガニスタンの治安維持および開発に向けて支援していくことを確認しました。アフガニスタンの市民社会の代表や、カルザイ大統領、また多数の各国代表と会談を行い、事務総長は南アフリカ・ダーバンへと飛び立ちました。アフガニスタンへの国際協力を話し合う国際会議、2012年7月には東京で開催することを日本政府が表明しています。

◇12月6-8日 南アフリカ・ダーバン
12月8-9日 ケニア、ソマリア
12月10-12日 カタール

南アフリカ・ダーバンでは地球温暖化対策について話し合う第17回気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)に出席。会期を延長して行われた協議の結果、2012年末で期限切れとなる京都議定書の延長と、温室効果ガス削減のための新たな枠組み作りをうたった「ダーバン合意」が採択されました。

ケニアの首都ナイロビに到着した事務総長は、キバキ大統領をはじめ政府関係者と会い、ソマリアやスーダン、南スーダンの情勢を協議しました。翌朝、事務総長はソマリアの首都モガディシオの空港に、防弾チョッキを身に着けて降り立ちました。セキュリティ上の理由から、予告なしの電撃訪問です。暫定政府のアフメド大統領らと会い、その後に行った記者会見の中で、「ソマリアは今、重要な岐路に立っている」と述べ、政治、軍事、人道の面で前進が必要だとしました。

その後、ソマリアと国境を接するケニアのダダーブ難民キャンプを訪れた事務総長は、ソマリア難民の家族や人道支援にあたる国連スタッフと言葉を交わしました。そして、反体制派のイスラム武装組織アル・シャバブによる人道支援スタッフへの攻撃を非難するとともに、ソマリアの人々の基本的ニーズに対応し、救命支援を行うことは国際社会の責務であることを、メディアを通じて呼びかけました。

ダダーブ・キャンプを後にした事務総長は、カタールの首都ドーハに移動。カタールはアルナセル第66回国連総会議長の出身国でもあります。翌11日、事務総長は国連の第4回「文明の同盟(Alliance of Civilizations)」フォーラムに出席しました。幅広いパートナーが集まり、文化の違いを超えて対話によって「壁を崩す」試みを続けるこのフォーラム。事務総長は参加者に対し、「(会議が終わって)ドーハを離れる瞬間から、皆さんの教会、モスク(イスラム教寺院)、シナゴーグ(ユダヤ教礼拝堂)において、いかに人々が関わりを持つようにできるか働きかけ、行動につなげるよう最大の努力をしてほしい」と呼びかけました。

カタールのハマド・ビン・ジャーシム首相兼外務大臣とは、中東、北アフリカ、シリア、イエメンの情勢を協議しました。

2011年も残り半月あまりとなった12日、潘事務総長はドーハを後にし、国連本部のあるニューヨークへと飛び立ちました。

* *** *

全5回にわたってお届けした「事務総長の歴訪で振り返る激動の2011年」、いかがでしたか? 2012年1月1日、国連事務総長として2期目をスタートする潘事務総長。193の加盟国と共に、よりエネルギッシュに、よりパワフルに、世界の抱える様々な課題に取り組んでいきます。

その①

その②

その③

その④

スイス・ベルンにてユ・スンテク夫人と共にヘリコプターに乗り込み、上空から急速に減少する氷河を観測した(2011年10月16日)© UN Photo/Jean-Marc Ferré
アラブの春で大きな役割を果たした5人の若きリーダーたちと、スイス・ジュネーブにて(2011年10月16日)© UN Photo/Jean-Marc Ferré
リビアの首都トリポリにて、アルナセル総会議長(左)、国民評議会(NTC)のアブドルジャリル議長との会談後に記者会見(2011年11月2日)© UN Photo/Iason Foounten
G20カンヌ・サミットでサルコジ仏大統領の出迎えを受ける事務総長(2011年11月3日)© UN Photo/Evan Schneider
バングラディシュ東北部の地域診療所を訪れ、農村部の女性たちが医療にアクセスできることの重要性を訴えた(2011年11月15日)© UN Photo/Mark Garten
大洪水に見舞われたタイを訪れ、被害の状況をヘリコプターから視察(2011年11月16日)© UN Photo/Mark Garten
インドネシア、中央カリマンタン州で森林破壊の影響について説明を受ける事務総長。国連の「途上国における森林減少・劣化の防止による排出削減対策(REDD)」は、ここ中央カリマンタン州で森林保護そして持続可能な森林の管理に向け活動している(2011年11月17日
ドイツ・ボンで開催されたアフガニスタン支援に関する国際会議に出席。クリントン米国務長官、メルケル独首相、カルザイ・アフガニスタン大統領、ラブロフ露外相ら権限委譲プロセスを協議した(2011年12月5日)© UN Photo/Mark Garten
第17回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP17)に出席する事務総長。フィゲレスUNFCCC事務局長(左)、COP17議長を務める開催国・南アフリカのヌコアナ=マシャベネ国際関係・協力大臣と(2011年12月6日)© UN Photo/Mark Gar
ソマリアと国境を接するケニアのダダーブ難民キャンプを訪れ、ソマリア難民のリーダーと言葉を交わす事務総長。ダダーブ・キャンプは世界でも最大規模の難民キャンプの一つ(2011年12月9日)© UN Photo/Mark Garten