「ガーナモデル」― 気候・生態系変動に負けないアフリカの農村づくり
日本に本部を置く国連大学は、地球規模の課題の解決に取り組む国連システムのシンクタンクです。国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)では、数年前からサブサハラ地域における気候・生態系変動への対応に取り組んでいます。「ガーナモデル」と呼ばれるそのアプローチは、第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)を機に、アフリカ半乾燥地域全般へと今後応用されることが期待されています。
齊藤 修 国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)学術研究官
2004年博士(農学)学位取得。2011年から現職。2011年4月から東京大学客員准教授を兼務。
サブサハラ地域における気候・生態系変動に取り組む国連大学
国連大学では、国連の活動を支援し、政策を後押しする研究を行っています。国連大学の学術研究活動は、11の研究所と研修所および5つのプログラムを含む世界規模のネットワークによって実施されており、本部を東京に置いています 。その東京で、大学院の教育機能をもつシンクタンクとして研究活動を行っているのが、国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)です。
UNU-IASでは、主要な研究テーマとして、「持続可能な社会」・「自然資本と生物多様性」・「地球環境の変化とレジリエンス」の3つを掲げ、持続可能な社会づくりに貢献しています。アフリカにおける気候・生態系変動への適応とレジリエンス(回復力)の研究を主題とする国際共同研究プロジェクト「アフリカ半乾燥地域における気候・生態系変動の予測・影響評価と統合的レジリエンス強化戦略の構築」、通称CECAR-Africaが2011年に立ち上がり、プロジェクト最終年の今年は第6回アフリカ開発会議(TICAD VI)の直前の8月25日に、ケニアでイベントを開催します。
気候変動に対して脆弱なアフリカ半乾燥地域の対策づくり
世界各地で取り組まれている気候変動対策には、温室効果ガスの排出を削減して温暖化の進行を抑える「緩和策」と、温暖化による影響を軽減するための「適応策」があります。このうち「適応策」は、農業分野、水資源の確保や防災機能強化、都市開発や交通、衛生の改善など多岐にわたります。気候変動による影響を受けやすい地域、とくに資源管理基盤が脆弱な開発途上国では、その影響が早期に現れることが予測できます。そのため、アフリカの途上国における有効で実施可能な対策のニーズは高く、気候変動に適応するための人材育成・能力開発も必要とされています。
上述の研究プロジェクトであるCECAR-Africaは、とくに気候変動による洪水や干ばつの影響が深刻なガーナ北部半乾燥地域のボルタ河流域を対象に統合的なレジリエンス(回復力)の強化戦略を構築し、最終的には「ガーナモデル」として、アフリカ半乾燥地域全般へ応用することを目指しています。
現地とのパートナーシップを大切に
CECAR-Africaの研究対象地域では、現地の研究者や政府関係者とともに、地域のレジリエンスを農業における生態系の多様性や作付け品種の多様性などを考慮する生態学的側面、また、気象情報の早期警戒システム・土壌管理・集水・貯水技術などを含む工学的側面から研究を進めてきました。
現地調査はガーナ側の研究者と共同で行われ、さまざまな関係者と対話が重ねられましたが、土壌の管理や耕作法について行われた調査からは、新たな発見もありました。化学肥料の価格についての不満が浮き彫りになったのでした。また、集落に設置した実験圃場では、化学肥料を使用せずとも、牛糞の施肥によってトウモロコシの収量を何も施肥しない場合よりも1.3倍高めることができることを実証しました。
一方で、日本でも化粧品や石けんなどの成分として人気のシアバターは、北部ガーナの在来種であるシアノキの実を原料としています。このシアバターの生産工程の各段階で用いられる燃料(薪)、水、廃棄物、労働力を定量的に計測することにより、生産工程のどの段階を改善することで投入資源と廃棄物を最小化することができるかも明らかになりました。とくに、収穫したシアの実を焙煎する工程と煮詰めて固化させる工程で多量の薪が燃料として消費されることに着目しました。その燃料の消費を定量的に計測し、消費量を減らすために現地で入手できる資材を用いた改良型かまどを導入しました。
さらに、水不足に苦しむ農村地域では収穫したシアの実を洗浄するための水が確保できません。そのため、都市部と比較して農村地域では結果的に低品質のシアバターしか生産できていないことがわかりました。そこで、私たちは、できるだけ水を使わずに、収穫したシアの実から不純物を取り除く方法を検討し、技術ガイドラインとして提供することにしました。
2014年からは、ガーナ北部10カ所の対象集落において一連のワークショップを開催し、研究成果が地域住民の生計や暮らしの向上、気候・生態系変動への適応にいかに役立つのか、地域の人々と共に考え、行動するためのパートナーシップ構築を進めてきました。各集落では毎回100名以上の住民が老若男女問わず参加したことから、10集落での延べ参加者数は千人を軽く超えました。2015年には、さらに具体的な適応策、資源管理や能力開発の取り組みについて討議するために、民間セクター・地元のNPO・国際機関・行政関係者らとともに、科学と政策、地域社会の連携を強化するためのワークショップなどを開催しました。
このようなボトムアップでのパートナーシップ構築の取り組みは時間と労力を必要としますが、関係者が当事者意識を持って、主体的に取り組むことが促されます。プロジェクトが終了して研究者が現地を離れても、現地に住む人々による活動が引き継がれていくことを期待して、研究活動を進めています。
演劇を通じて、対応策の普及を図る
現地に住む人々が私たちの研究活動に対して受け身的な参加に留まることを回避するための対策として、現在、集落の伝統的な演劇を取り入れた普及活動を行っています。研究で明らかになった成果を地域の文脈により翻訳し、住民自らがそれをどう活用し、気候・生態・社会変動に適応していけるのか、演劇の準備段階から議論を重ねました。
この取り組みを通して、将来の気候変動に対する不確実性や、現段階で考えられる適応策、コミュニティー内の関連する課題について、人々と共有し、議論するための基盤を形成できるようにしています。役者として参加した地域住民は、プロジェクトの成果と提案される適応策を理解しながらリハーサルを行い、演劇のシーンを即興で演じ、改良しつつ練習を重ねました。
演劇の本番は2016年4月末から5月にかけて行われ、各集落の住民とプロジェクト関係者の前で、過去・現在・将来の状況に基づいて集落の暮らしの変化が演じられました。地域の視点で今後の議論を深めるため、実際に演じた役者や観客から意見や感想を集めると、その多くが肯定的なものでした。とくに女性を中心として、演劇は住民意見を集約し、表現する有効なものとして受け入れられました。また、演劇は楽しみつつ集落全体の一体感を高めるとともに、自分たちの生活様式や行動が環境問題に結びついていることを学ぶことができ、自然生態系に対する行動を変容させうることがわかりました。
今後、アフリカ全土で注目されているアフリカ開発会議では、この「ガーナモデル」をガーナを超えて他のサハラ以南アフリカ地域に発信するサイドイベントが開催されます。さらに、国連大学にアフリカ各地からの学生や若手研究者を招へいしてガーナモデルに関する研修を実施するとともに、本年8月にはプロジェクトのパートナーであるガーナ開発学大学に新たに「サステイナビリティとレジリエンス研究センター」を設立し、持続可能な開発とレジリエンス強化のための人材育成と研究を継続していく予定です。